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『マッキー』 蝿王の凱旋

 現在、日本各地で〝復活ロードショー〟を展開中のインド映画『マッキー』。私は劇場販売の「増補版パンフレット」にインドの輪廻思想について書いています。
http://www.tc-ent.co.jp/sp/makkhi_again/
かつて2013年に日本でも公開され、当時の世界興収は約13億ルピーともいわれる大ヒット作品。そのリバイバル上映は、『V8J絶叫上映企画チーム』様 @V8Japan の御尽力と、熱烈なファンの方々の草の根的な運動によるものです。そういった皆さんの〝インド映画愛〟によりまして、今回パンフレットに拙文を載せていただけましたことは、心から感謝に堪えません。また、寄稿のお話は日頃お世話になっている東京都荒川区尾久の南インド料理店『なんどり』https://nandri-tokyo.com/ のご紹介によるもので、店主御夫妻にも厚く御礼申し上げます。
 ところで、私個人の感覚では、映画のパンフレットといえば、上映前の待ち時間にざっと目を通して「ふうん」となる文章、あるいは鑑賞後の電車内で読んで「へえー」となる内容、という認識でした。当然、紙幅の関係上文字数にも制限がありますので、書く側としては「どれだけ刈り込むか」も大きな課題になって参ります。ですが、寄稿を御依頼くださった『映画パンフは宇宙だ』様 @pamphlet_uchuda からは、
「インドの宗教観や〝輪廻転生〟といったキーワードを交えながらご執筆いただきたく存じます。」
とのお申し出。…もう、それだけでブ厚い本が何冊も出来てしまうようなテーマです。しかし幸いなるかな、私の思考はインド人なみにザックリしてるので、即時お引き受け致しました。もともと『マッキー』には前回の公開時から特別に強い思い入れがあり、それが近年のインド映画ブームの波と重なって、ヨッシャここは行ったれ!となったわけです。
ちなみに、以下に記すことはあくまでも寄稿文の補足であり、意図的に記述の重複を避けています。ですので、未読の方は是非とも映画館へ足を運んでいただき、本編の御鑑賞と合わせて、装丁美麗な増補版パンフレットをお買い求め下さるよう、宜しくお願い申し上げます。

 さて、拙文は大きく四節に分けてあり、第一節はインド人と日本人の宗教観・輪廻観の差違について書きました。
『マッキー』で描かれた〝ハエに生まれ変わる〟輪廻。これはむしろ、インド人より日本人のほうが、すんなり受け入れられるのではないでしょうか。インドの圧倒的多数派であるヒンドゥー教では、輪廻転生とカースト制度は不可分です。一方、日本にはインドで滅びてしまった大乗仏教の「一切衆生悉有仏性」や、日本オリジナルの「草木国土悉皆成仏」といった情緒的文化がありました。正直なところ、2013年の公開時、
「人間がハエに生まれ変わって意趣返しって、古典落語にありそうだな」
と私も思いました。
 第二節ではインドの輪廻思想について書きました。
さまざまな神話を始めとして、インドにおいて〝時代を越えて仇を取る〟というテーマは、鉄板の設定です。非業の最期を遂げた英雄の子孫、あるいはその転生者が、艱難辛苦を乗り越えて見事に宿願を叶える物語…。それはまた、絶対的な運命論でもあります。なぜなら、輪廻はサンスクリット語で「संसार (サンサーラ)」といい、この言葉は、世界それ自体をも意味するからです。つまり、輪廻転生の「輪」を越えることはなんぴとも不可能である、と。しかし、これに真っ向から異を唱え、人間の意思による輪廻 ─同じことの繰り返し─ からの解脱を説いたのが、ブッダです。
 第三節ではカースト制度について書きました。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、「カースト」はポルトガル語で血統を指す「カスタ」に由来した外来語で、インドでは〝肌の色〟を意味する「वर्ण (ヴァルナ)」、あるいは〝生業〟を意味する「जाती (ジャーティー)」と言われます。そこにヒンドゥー教的な〝浄穢の忌み〟が加えられ、肌の色が濃くて雑役に関わる者は身分が低い、とする階級制度が作られました。今ではインドの憲法ではっきりと禁止されている差別ですが、実際に私が目撃したケースではこんなことがありました。タクシードライバーが道端のチャーイ屋に、
「俺は今でこそ運転手をやってるがブラーマン(波羅門階級)出身だ。あんたのジャーティーは何なんだ?」
紅茶屋の生業は紅茶売りに決まっています。この場合、先祖代々の身分は?俺より低いだろうから礼儀を示せ、という無礼な話です。言われた方は聞こえないふりをしていました。
 第四節では南インドの文化について書きました。
北インドのアーリア文化に対して〝ドラヴィダの自尊〟を掲げたペリヤール・ラーマサーミ氏は、このように言っています。
「大英帝国からの独立後、それまで押し付けられていた白人の偶像や地名が廃止され、代わりにインド人の名前が付けられたように、我々ドラヴィダ人の尊厳と感情を傷付けるアーリアの神々とその権威は、この南インドから去るべきです」

 手許の資料によれば、映画『マッキー』の脚本家ヴィジャエーンドラ・プラサード氏(ラージャマウリ監督の父)は、当初の企画として、十九世紀の米国を舞台に「アフリカ系アメリカ人が奴隷解放を求めながら死に、ハエに生まれ変わって復讐する」というファンタジーを思い付いたそうです。
 インドが生んだ、笑いと涙のラブストーリー『マッキー』
広く深い文化背景を行間に埋め込みながら、世界的に第一級のエンターテインメントとしてまとめ上げた大傑作です。ぜひ劇場で御覧ください!

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