明日のある日常:折島光江句集『助手席の犬』
「できるだけ普段着の言葉で、普段着の景色を季語とともに俳句として詠みたい」
自分の心と身体の感覚を信頼して、暮らしを見つめながら、ふいにやってきた言葉を受け止めて17音として紡ぎたい。
いつもそう思っている(実際にはなかなか難しいけど)。
今回、私と同じ「炎環」同人である折島光江さんが初句集を上梓された。
「光江さんもきっと私と似た気持ちで、そして同じような方向を大事にして俳句を詠んでいるのではないかな」というのが第一印象だった。
★感銘句
夫かるく投手のしぐさ花菜風
しやぼん玉こはれ未来の端にをり
万緑の森へひとりの空想家
クローゼットの奥の恋文夕焼くる
我が五指のひらくや山椒魚の前
俎板の夏の終はりの水を切る
子の描く巨いなる丸星祭
倒木に座つてゐたる良夜かな
木枯らしや我の歩幅に歩く夫
通勤電車着ぶくれの顎ページ繰る
年の市買はずに帰るふたりかな
光江さんとは長く句会をご一緒しているが、その作品の魅力は(ご本人の印象同様に)淡々としながらも必ず鋭い「発見」があるところだ。
掲句はいずれもさりげない日常詠、言葉も何も難しいものは使われてはいない。でも、誰もが知っていたり、見たことのある景色や経験が俳句形式をとることで、こんなに新しい表情をともなって読者の胸に響くのか、そんな驚きと喜びがページを繰るごとに湧き上がってくる。
そして、光江さんの作品の魅力はそれだけではない。
日常詠プラス「エッジのかかった独自の視点や言葉」が加わると、俄然異なる光を放ち始めるのである。実は光江さんの作家としての本領が発揮されているのはそんな作品たちではないかな、と以前からひそかに思っている。
たとえば、下記のような句。
真昼間のちひさきちさき蜘蛛殺め
見てはならない瞬間とその人の表情を見てしまったような気配。
真昼間の明るさがかえって不気味である。
その作品の後に来るのが次の句。
アイスクリーム夫に内緒の午後の底
ほのぼのとした内容がラストの二音「底」で「えっ?」と読者をドキリとさせる。「午後の底」って何? というか、なぜ「底」なの? 底とあえて言うってことは何か秘め事があるの? 前の句と併せて読むと余計に意味深にも見えてきて印象深い。
ストレスのひとつはおのれ蟬時雨
百人の目の並びをり冷房車
枯蟷螂全身空を掻いてをり
不機嫌の鏡閉ぢゐし葱きざむ
これらの句には、いい意味、そしていい塩梅の「毒」がある。それがなんというか「光江印」という味わいがあり、私は句会でこのタイプの句を見るたびに「かっけー!!」と内心快哉の声を上げている。
もちろん、ユーモアに彩られた句も個性的で楽しい。
アメーバのやうなる袋春疾風
アメーバのやう…素晴らしい把握と思う。こういう視点、どうしてもてなかったのだろう、と悔しくて自分をポカポカしたくなる。
酔芙蓉漂白剤のやうな人
漂白剤みたいってどんなヤツなんだ💦 何となく仲良くなりたくないような。酔芙蓉が美しいからこそ読者の想像(妄想?)も膨らむ。
鬼の子の眠たげな貌ねむくなる
リフレインが可愛らしい。そして「眠たげな貌」の確かな描写に脱帽。
キルケゴールに似た名のくすり神の留守
思わず笑ってしまった。「マクロゴール」とか「ポリエチレングリコール」とか、確かにありますね、そんな薬剤名。でも、「キルケゴールみたい」なんてこれまで思った人はいただろうか。神の留守という季語なので、この薬は効くのだろうか、とちょっと心配になってくる。
大寒やてゆふか・みたい・カレシとか
これも笑ってしまった。「てゆ~かああ~」「みたいな~」「カレシがああ~」いちいち語尾上げの音声として耳に再生されるインパクト。合わせた季語が「大寒」というところが光江さんのキッパリとした決意表明のよう。嗚呼、やっぱりカッコイイ。
さて、本句集のタイトルは「助手席の犬」とあるように、犬を題材にした俳句も多い。犬と一緒に暮した光江さんとご主人の日々を詠んだ作品は優しく温かい。そして切なく深く読み手の裡に沁みる。
助手席の犬睡りをり春の雲
雛段の暗がり好きな老犬よ
大人ふたり犬いつぴきの花見酒
梅雨の閑犬の背骨のゆがみをり
仲裁は犬の役目や白木槿
こほろぎも命あるよと犬に言ひ
初夢の犬に遇ひしがよその犬
個人的に現時点で一番好きな作品は下記の句だ。
明日のある日常が好き青木の実
この作品には日常を丁寧に詠む光江さんらしさが出ているとともに、「何気ないことの中にあるかけがえのないものを俳句に」という炎環の石寒太師の、光江さんのもう一人の師・一ノ木文子さん(若き日の私の作品を最初に見出して下さった方でもある)の、そして炎環という俳句グループの作品の特徴がもっともよく出ていると思うからだ。
最後に。光江さんと私の炎環入会が同じ年ということを今回初めて知った。
同期だったんですね、私たち。
いや~これだけ一緒に勉強しているのに、何よりこれまでも記念号のプロフィールを何度も見ていたはずなのにすみません^_^;
これからも日常を大事にしながら、時にエッジの効いた言葉で切り取った17音の世界を楽しみにしています。
そして、句会もお酒も楽しんでまいりましょうね😊
ご恵贈ありがとうございました😊
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