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【読書】上橋菜穂子『香君』を読んだ

ひと月ほど前、友人と映画を見に行った
その時に、以前から買いたい!けど金銭に余裕があるわけじゃないし・・・と迷って買っていなかった『香君』を背中を押してもらって買った

正直、迷っていたのは馬鹿らしかったのかもなぁと思うくらいに後悔しない作品だった
私の身の回りには上橋さんの作品をよく読む、という人があまりいないからなかなか勧めにくいし感想を言い合ったりできないけれど、本当に胸が熱かった めちゃめちゃ興奮した

あらすじ

今作の国はウマール帝国とその周りを囲む藩王国が舞台。この国はかつて貧しい土地で穀物なども育たなかった。しかしある時、神郷オアレマヅラから「香君」と呼ばれる女性がオアレ稲と共にこの地に降り立ち、衆生を救ったとされる神話がある。「香君」は生まれ変わりを繰り返し、「香りで万象を知る」ことで現在のウマール帝国の人々を導いている。

主人公は人並み優れた嗅覚を持つ少女、アイシャ。彼女はとある事情からこのウマール帝国に来ることになった。時を同じくして、オアレ稲にある問題が起こった。それは、虫が付かないとされるオアレ稲に虫害が起きたという。アイシャはやがて、持ち前のその嗅覚でオアレ稲に隠された神話や香君の謎について近づいていく。

といったお話である。

感想

ネタバレ無し(購入の参考にどうぞ!)

このお話、高校の生物や化学、さらには大学で生物学系や農学系の勉強をしている人には絶対刺さる。そういう系の話が好きな人も絶対好きだと思う。というのも、この作品の重要な要素のひとつである「香り」には、現実でも研究されている要素である。現実の植物たちも、自分を食べる虫が付くとその虫の天敵をおびき寄せる香りを出す。また、「齧られた!」と感じると仲間たちに防御を促す香りを出すなどの「植物同士のコミュニケーション」を取る。
今作の主人公「アイシャ」は、そういった「植物同士のコミュニケーション」であったり「植物の放つ言葉」にすごく敏感である。もちろん植物だけではなく人の香りについても敏感で、おそらく感情の揺らぎによって出る汗のにおいなどを感じ取って相手の感情を理解してる描写もある。読んでいるうちにそれが当たり前になっているので、ちゃんとした理屈が書いてあったのかもしれない。

そして上橋さんの作品だ!と思う部分である「現実と空想の絶妙な配合」がとても効いている。今作であればウマール帝国が、かつて実在していたのかもしれないと思うくらい緻密な世界観がとても引き込まれる。それから、私個人的に好きな部分で帝国の様々な末端組織と言うべきか、省庁が出てくる。こういった要素は読んでいてわくわくする。というか、もともと創作をする原点が物語の続きや組織に所属する人を考えていたことが一つあるから、余計に刺さる。

そして、あらすじに「虫害」と書いているが、もちろん虫が出てくる。しかも、上橋さんの描写力が高すぎて虫が苦手な人からすると苦しむかもしれない。私もかなり重度の虫嫌いだが、何とか読めたので絶望することは無いと思う。物語の重要な部分であると同時に、ストーリーに没入していると気にならなかった。

最終まで読んでいて、『問題』が解決はするけれど一番気になるところの謎が解決しないのが、想像力を掻き立てられて心地よいむず痒さを感じる。『守り人シリーズ』『獣の奏者』『鹿の王』では外伝が出ているため、もしかしたらこの作品も外伝が出るのかもしれない。そこで何か真実にたどり着くためのヒントや真実のかけらを出してくれるのかも。

そしてこれはかなり自分の妄想だが、上橋さんは動物がお好きなんだろうなぁと思っている。さらに前作『鹿の王』ではウイルスや細菌の話も興味を持たれたのかな?と感じたので、いつか植物のお話が出るかもしれないとわくわくしていた。実際に出版されて、想像していたよりもすごく磨かれた素敵なお話が出版されたので、部屋の中で小躍りするくらいに嬉しかった。そして、新作が出た瞬間に自分で買うということができる年齢のときに新作を出してくれて、本当に嬉しい。

この先ネタバレ有り感想

この先はネタバレ有りの感想になるため、未読の方はできるだけここで読み終わるか、最後まで飛ばしてほしい。気にならない人であったり、読み終わった人たちはこの先もどうぞ!

ネタバレ有り

読めば読むほど、『神郷オアレマヅラとはなんだろうか?』と思う。『オアレ稲』や『香君』などの植物や住んでいる人々、『オオヨマ』『ヒシャ』『パリシャ』などなどの生き物たちがどのように生きているのか。どのような生活を送っているのか。とても気になるが、結局解明しないところが妄想のし甲斐があって私的にはとても嬉しい。

地図を見ればわかるのだが、『西カンタル藩王国』の西にある山の向こうにわずかに別の国の土地がある(これはマザリア王国の土地?)。しかし、『神郷オアレマヅラ』はどうやら『大崩渓谷』の方にあるらしい。また、『西カンタル藩王国』の北には『辰傑国』があり、北西には海がある(ように見える)。そのため、『辰傑国』のことを指しているとは思えないし、『大崩渓谷』のあたりの山に建物があるように見えるといった書き方もされてないので、本当に謎まみれである。
『守り人シリーズ』では『ナユグ』と呼ばれる精霊たちの世界があったため、実体のある世界ではない世界のことを指しているのかもしれない。ただ、実体のあるものがウマール帝国に来てしまっている以上、どうなんだろう。すごく気になる。

また、『ヒシャ』があまりにも怖すぎる。物語の視点がアイシャであると同時に、植物視点っぽさもあるからか描写が本当に怖い。ここまで怖い!と思わせる上橋さんの描写力がすごい。それから、たまたま親戚がこれから読む予定の本に「稲を食べるイナゴ」の本があり、それを聞いてハッとしたがあれはバッタではなくイナゴなのでは?
以前、理科の先生に「稲を食べるのはバッタだとよく言われるが、実際にはイナゴ」と言われた経験がある。あとがきで「架空の生き物である」と言っているのであくまでもバッタだが、おそらく『ウマール帝国』には虫害および蝗害の経験がかなり少ないから、バッタとよく似たイナゴの見分けがつかなかったのかもしれない。
とにかく、読んでいて足がすごくむずむずした。

※これを書いた後に調べたら、イナゴはバッタ目らしい。しかも、バッタは作中の『ヒシャ』のように遠い場所まで飛ぶ変異を起こすらしく、そのばったが飛ぶ道中の物をすべて食べきってしまうという。その変異が起こらないのがイナゴ、と書かれているサイトを見つけた。友人にバッタorイナゴの有識者はいないかな・・・詳しく聞きたい。

ネタバレ部分が見えてしまうかもしれないので、商品欄であったり、HPを写しています。

『香君』特設サイト

『香君 上・下』


あとがき

上橋さんの描写力、というのは小学生の時に一目ぼれした要素で、『香君』にて存分に浸れて本当に嬉しかった。表紙もいつもの感じ(?)とは違い華やかでかわいらしいデザインで、もう本自体を見ているだけでも私はすごく楽しい。

上橋さんの作品を好きな人や気になっている人がこの世にたくさんいるのはわかっているのだけれど、身の回りにいないからぜひ誰かと話せる機会があったら嬉しいなぁ・・・というのは独り言。

そんなこんなで、もっといろいろ書きたいところはあるけれど今回はここまで。
「農業であったり植物に興味がある人」「ファンタジーだけれど、リアリティのある作品が読みたい人」「上橋菜穂子さんが好きな人」はぜひ、読んでください!

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