イエンセンの王冠
代々木八幡に、デンマーク駐日大使館御用達のパン屋さんがある。
名前は『JENSEN(イエンセン)』。
本場のデニッシュが味わえる、東京で唯一の(と個人的に思う)店だ。
昨日はお昼頃に立ち寄ったのだが、お目当てのスモースナイル(※デンマーク語で「スモ―」はバター、「スナイル」は渦巻きの意味。シナモンロールだと思って頂ければOK)は、すでに売り切れてしまっていた。
ヨーロッパのベーカリーのように、朝7時には店を開けているので、夕方では買えないことが多い。お昼なら大丈夫かと、仕事の前に立ち寄ったのだが甘かった。
「残っているときもあるんですけどね」
わたしと入れ違いに店を出た若い女性客も「シナモンロールは?」と、残念がっていたので、いつもレジに立っている店の奥さんに「わたしも食べたかったんです」と話しかけたら、気負わないやさしい答えが返ってきた。
「今日はシナモンの味を求めるお客さんが多かったんでしょう。そういう日ってありますから」
たしかに。寒さがこたえる日ほど、あのふんわりと甘い香りが恋しくなるのかもしれない。
「この王冠のマークは、もしかして、デンマークの王室御用達なんでしょうか?」
話しかけたついでに、訊いてみた。
昨年の夏、デンマークを旅行した際、王冠のマークは王室御用達の印だと学んだので、もしかしたら、イエンセンのあのマークも?と気になっていた。
店主が、デンマークで修行し、現地の製パン学校を卒業したパン職人であることは知っていた。どの雑誌にもネットにも、そんな紹介記事が載っている。実際、デンマーク大使館で催される食事会には、この店のパンが使われるらしい。声をかけたついでに思い切って尋ねたのだが、奥さんは「コペンハーゲンのパン協会の印です」という。「デンマークでは各地にパン協会があるんですけど、うちはコペンハーゲンの協会に入っていて。その印ですね」
王室御用達ではなかったようだが、それでも、コペンハーゲンのパン協会に入っているなんてさすがだと感服し、いくつかお気に入りのパンを買って、店を出た。ほんとうは、ちょうどほかにお客さんもいなかったし、もっと話を掘り下げて「どうしてご主人はデンマークへ?」とか「コペンハーゲンの学校だったんですか?」などいろいろ聞きたかったけれど、話を継ぐことができず遠慮してしまった。
仕事で取材するときは、時間も頂いているので気兼ねなく質問できるのに、プライベートだとちょっとした立ち話をするだけで、相手の都合が気になってしまう。けっこう勇気がいるものなのだ。
買ってきたパンは、今朝の朝食に頂いた。
デニッシュが美味しいのはもちろんだけれど、左手前にある「スモ―ビアキス」(ケシの実のクロワッサン)は絶品!
素朴な味わいの食パンは、トーストしてもそのままでも。
今回買えなかった「スモースナイル」(シナモンロール)は、近いうちにまた、買いに行こう。今度は朝早く行かなければ。
そしてできれば、奥さんとの立ち話の続きを。
うーん。いつものように黙ったままパンを選んでレジへ行き、お金を払って出るだけかもしれないな。
王冠の威力は、1回限りだから。
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