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うちの犬

「うちの保護いぬ保護ねこ」の
投稿コンテストの開催を知ってから、
かつて飼っていた保護犬の話を
書こうとしては、
テーマが絞りきれず、
途中で手が止まってしまっていた。

彼女との楽しかった思い出が
数えきれないくらいある一方、
人生で初めて「愛するものの死」を
経験した記憶の方が色濃く
残っているからだ。

小学生の頃、
単純に可愛いからという動機で
両親に犬を飼いたいとねだっていた。

当時の私がイメージする犬は、
チワワやトイプードルなど
いわゆる「血統書付き」の犬だった。

機会があるごとに
飼いたいと言い続けたことが功を奏したのか、
ついに我が家にも犬を迎えることになった。

飼うにあたって約束したことはひとつ。

これから先20年近く生きるであろうその子を
最後まで責任を持ってお世話すること。

その意味を深く考えることなく、
私は「やる!できる!」と安易に約束した。

私は車の後部座席で空の段ボール箱を抱え、
ウキウキした気分で犬が待つ場所へ向かった。

着いた場所はペットショップではなく、
一般家庭だった。

玄関先で受け渡された犬は、
チワワでもトイプードルでもない、
キツネみたいな子犬だった。

何の犬種が混ざっているか分からないくらい
先祖代々いろんな種類の犬が交配を続けて
生まれたと思われるミックス犬…
いや、正真正銘の「雑種」だった。

(思ったのと違う…)

口にこそ出さなかったが、
小さくてフワフワした犬を想像していた
期待を裏切られた私の、最初の感想だった。

帰りの車中、私は抗議の気持ちを込めて
バックミラーに映る父を睨んでいた。

(お友達に犬飼うって言っちゃったのに、
  こんなキツネみたいなの犬じゃないよ…)

そう思ったとき、
段ボールから身を乗り出したキツネもどきが
私の手をペロッと舐めた。

ふとキツネもどきの方を見ると、
深緑の透き通った瞳がこちらを見つめていた。

少し怯えたような、不安なような
そんな様子の瞳だった。

急にさっきまでの不満な気持ちが萎んだ。

私はそっと子犬に手を伸ばし、
優しく首元を撫でた。

父が、
「その子は、生まれて間もない頃に
 捨てられていた保護犬なんだよ。
 兄弟がいたみたいだけど、
 その子だけ生き残ったんだって。
 大切に育てようね。」
と言った。

私は、心から大切にすると誓った。

そんな出会いから月日が流れ、
私は大学生になっていた。

彼女がいる日常がすっかり当たり前になり、
昔ほど構ってやる時間がなくなっていた。

だが、彼女の方も老犬になっていたので、
ボール遊びや追いかけっこをするよりは、
日向でのんびりと眠っている方が
気持ちよさそうに見えた。

ある晩、いつものように散歩に出かけた。

いつもは足取り軽く歩くのに、
その日は2、3歩歩いては立ち止まり、
道路で座り込もうとすることが何度もあった。

私はバイト終わりで疲れており、
「もう、早く歩いてよ!
  そんなところで座らないで!」
とリードを強く引っ張っては
なんとか家まで歩かせた。

帰宅後はさっさと小屋に戻ってしまい、
今思えば明らかにいつもと様子が違ったが、
当時の私は気にも留めなかった。

翌朝、母が私を呼ぶ声で目が覚めた。

寝坊したのを起こすにしては
切羽詰まったような声に
只事ではないと思った。

急いで階段を降りていくと、
彼女がいつも寛いでいる場所で
ぐったりと横たわっていた。

「え…どうしたの?どこか苦しいの?」

目を閉じたままだらんと舌を出している
彼女に駆け寄り、体を撫でた。

すると彼女はうっすらと目を開けて
私の方を見た…気がした。

私の手をペロリと舐めて
力無く尻尾を2回振ったあと、
そのまま亡くなってしまった。

彼女を家に連れて帰ってきたときより
3倍くらい大きな段ボールに
その亡骸を収め、火葬場に運んだ。

犬は人間と違い、
その日運ばれてきた他の動物たちと
一緒に焼かれてしまうらしい。

骨も自治体で処分するとのことで、
そのときしていた首輪を外して持ち帰った。

昨日、様子がおかしかったのに…

いや、見落としていただけで
本当はもっと前からどこか悪かったのかも…

死んでしまったというより、
私の不注意で
殺してしまったのではないかと思った。

大切に育てるって約束したのに。

彼女は本当に幸せだったのかな。

大切にされてると思っていたかな。

もっとしてあげられることが
あった気がする…

せめて昨日、もっと優しくしてあげれば…

彼女を失った悲しさと
次々に湧いてくる自責の念から
涙が止まらなかった。

祖父母も両親も健在だった私にとって、
ペットである彼女の死が
初めての「お別れ」の経験となり、
立ち直るのに結構時間がかかった。

美化するわけではないが、
彼女が亡くなる直前に私を見て
尻尾を振ってくれたことから、
きっと彼女も幸せだっただろうと
思うことで気持ちを清算した。

それでもたまに、
最後に散歩した夜のことを思い出しては
後悔するときがある。

そんなときは、
最善の対処をしたとしても
きっと別の何かに後悔してたに違いない、
と自分を納得させることにしている。

「愛するものの死」によって、
これからは後悔のないように生きるだとか
いつまでも忘れないことが供養になるだとか、
そういう教訓を得たということでは
片付けれられない思いがある。

言葉ではうまく言い表せないが、
それを超えたもっと大事な感情がある。

初対面のときも最後のときも、
私は彼女にとって
「いい飼い主」ではなかったかもしれない。

だが、私にとっての彼女は
ただの可愛いペットではなく、
多くの時間を共にした
「人生の相棒」だった。

彼女がいたからこそ経験できたことが
たくさんある。

あの日、我が家に来てくれてありがとう。
私に大切なことを教えてくれてありがとう。

いま一度、彼女への感謝を伝え、
この記事を締めくくる。

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