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【ペライチ小説】_『娘帰る』_4枚目

 その言い回しにピリッと違和感を覚えた。徐々に話の流れが見えてきた。こうなってしまうとさっきまでの罪悪感はどこ吹く風。その先に続く言葉がなんであるかが重要過ぎて、恐怖と警戒で頭はいっぱいになってしまった。もし、ここで余計なことを口走ったら最後、簡単には引き返せなくなってしまうに決まっていた。それは絶対に間違いなかった。なにせ、わたしはこの感じをよくよく知っていた。

   ◇

 高校に入学してまもなくのことだった。ある日、突然、おばあちゃんがうちにやってきて、母親相手になにやら深刻そうな話を始めた。なんでも、おじいちゃんが最近おかしなことを言ったり、変な行動を取ったりしていて、念のため、病院で診てもらったところ、

「痴呆症みたいなの」

 と、判明したんだとか。近所の人や友だちのことも忘れてしまっているらしく、さて、どうしたものかと、おばあちゃんは切実に悩んでいるようだった。

 当時のわたしはまだまだ若くて、どうしようもなくバカだったから、おばあちゃんは助けを求めていると素直に信じて、母親が瞳を真っ黒に淀ませ、

「お父さんがねえ。大変ねえ」

と、無難にやり過ごそうとしている無責任な姿に腹が立って仕方なかった。おまけに、あの頃のわたしは救いようもなく愚かだったので、

「だったら、わたし、手伝いに行くよ」

 と、高らかに宣言したりもしていた。すかさず母親の顔が苦々しさで紫に染まったのがわかった。一方、おばあちゃんの表情はニンマリと朱色がかった。

「真紀ちゃんが。本当に。それはとってもありがたいわぁ。でも、高校生になったばかりだし、真紀ちゃんもいろいろと忙しいんじゃないの」

「大丈夫。そこまでじゃないよ」

 実際、夏休みを前にして、わたしはまったく忙しくなかった。部活をやっていなかったし、授業はあまりに簡単過ぎて、勉強を頑張る必要もなかったし。毎日がひたすらに退屈だったのだ。

 高校受験に失敗し、滑り止めの私立へ進学したせいか、わたしは学校という場所をどうしても好きになれなかった。いまさらアイ・マイ・ミーやらユー・ユア・ユーをカタカタ読みのリピート・アフター・ミーで復唱させられたり、

「マイナスとマイナスをかけたらプラスになります。とにかく、そういう風に決まっているんです。つべこべ言わず覚えなさい」

 と、教わったりするなんて、とてもじゃないけど耐え難かった。そんなくだらないことを偉そうに教える先生たちのことが嫌いだった。そんな授業を平然と受けているクラスメイトが大嫌いだった。わたしはこいつらと違う。その一心で休み時間になると図書館にこもり、寂しく本を読み、徹底して孤独に過ごした。それは意図的な独立であり、仲間外れとは本質的に異なっていると信じ、自分を鼓舞し続けた。毎日、六限目の授業が終わるや否や教室を飛び出した。帰り道、誰からも声をかけられたくなくて、常時、ヘッドフォンを装着していた。そうやって一方的に壁を作り続けた。

 と言うわけで、わたしには掃いて捨てるほどたくさんの時間があった。



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