【超短編小説】夢の外へ
いつも同じ夢を見る。制服を着た女性が、俺の上に馬乗りになっている。そして、可愛らしい声で、俺の耳元で囁くのだ。
「夢の外へ連れてって。」
顔は、靄がかかっているかのようにぼんやりとしか見えない。
目が覚めると、俺はいつも汗だくになっている。なぜ同じ夢を見るのだろう…。特に心当たりもない。いつものように制服に着替え、朝食を食べ、家を出る。
「おはよー」
背後から、幼馴染の麻央が声をかけてきた。麻央とは家が隣同士ということもあって、家族ぐるみで仲良くしている。
「おはよう…。」
「あれ、なんかあんまり元気なくない?」
心配そうに、麻央が俺の顔を覗き込む。
「いや、なんか最近変な夢見るんだよな…。」
「変な夢?」
ここまで言って、「しまった…!」と思った。女性に馬乗りにされている夢を見るなんて話したら、変態だと思われるじゃないか…慎重に話さなければ…。
「いや、その…。なんか、女の人が『夢の外へ連れてって。』って、俺に向かって言ってくるんだよ…。」
うん、これで良い。馬乗りにされているという情報さえ伏せれば、そこまで変態感は無い。
「なにそれ…ちょっと怖いね…。え、その女の人は知ってる人…?」
「いや、顔はぼんやりとしか見えなかった…。」
「そうなんだ…。なんか、変な霊に取り憑かれてるんじゃないの?お祓いとか行ってみたら?」
「いや、そんなんじゃないと思うけどね…。」
「冗談だよ。え、もしかしてちょっとビビってる?」
「ビビってねぇよ。」
「ビビってんじゃん。」
麻央はゲラゲラと笑った。
放課後、俺と同じ帰宅部の大島にも、夢の話をしてみた。
「どう思う?」
「どう思うって言われてもな…。ただの夢じゃねぇか?」
「いやでも、ちょっと怖くない?」
「考え過ぎだろ。女の人が誰なのかもわかんないんだろ?」
「うん…。」
「あ、夢日記つけてみたら?」
「夢日記…?何それ。」
「夢の内容を日記に記録するんだよ。」
「それなんか意味あんの?毎回同じ夢を見るんだから、あんま意味なく無い?」
「夢日記をつけることで、夢の内容がより鮮明になるって聞いたことあるぞ。」
「そうなの?」
「だから、その女の人が誰なのか、わかるようになるかもしれないじゃん。」
「なるほどな…。」
「あ、でも、夢日記のせいで夢と現実の区別がつかなくなるみたいな話も聞いた気がするな…。気をつけた方が良いかも…。」
「まあ、大丈夫だろ。」
次の日の朝から俺は、夢日記をつけるようになった。起きてすぐに夢の内容を記録することが毎日の習慣となっていった。すると、徐々に夢が鮮明に見られるようになってきた。女性の肌の色、髪の色、匂い、手触り…。少しずつ明らかになっていく…。
「大丈夫?」
「え?」
朝、学校に向かっていると、麻央が心配そうに話しかけてきた。
「顔色悪いよ…。」
「マジで?」
「うん。」
自分では元気なつもりだったのだが…。スマホを取り出してインカメで自分の顔を見てみると、確かに顔は少し青く、クマも酷い…。
「今日は、休んだ方が良いんじゃない?」
「いやでも、熱とかは無さそうだしな…。」
「無理しないようにね。」
学校に着くと、大島にも話しかけられた。
「おい、お前顔色悪くねぇか?」
「うん。麻央にも言われた…。」
大島が、顔を顰める。そんなに俺の顔色はヤバいのだろうか…。
「おい、麻央って…。」
「ん?麻央だよ。俺の幼馴染の…。」
「麻央は…もうこの世に居ないだろ。」
「…は?」
俺の首筋を、汗が伝う。
「この前葬式があっただろうが…。しっかりしろよ。」
こいつは何を言ってるんだ。今日の朝だって、俺は麻央と一緒に登校してきたというのに。
「そりゃ急な事故だったから…受け入れられないこともあるかもしれないけど…。」
「麻央は…麻央は生きてるよ。」
「お前、一回病院行った方が良いと思うぞ。」
大島は、険しい顔で言った。
麻央が死んだ…?いや、そんな訳がない。麻央は生きてる。麻央の笑う顔が鮮明に見えるし、麻央の笑い声だって聞こえる。麻央は生きてる。麻央は……。ああ、いや……ここが夢の中だからか…。「夢の外へ連れてって。」と言っていた声を思い出す。あの声は、麻央の声だ。
気がつくと俺は、町を見下ろしていた。そうか、俺は今夢の中に居るのか。夢の中だったら、空だって飛べるはずだよな…。俺は、ゆっくりと歩き出した。夢の外へと、足を踏み出す。
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