比べられないつらさ

2021年1月
妊娠が分かって、しばらく経った。

結婚からもちょうど1年が過ぎ、結婚記念日に母子手帳を交付してもらった。

この頃は、健診も確か1ヶ月ごとだったので、果たしてお腹の子(まだそんな実感はなく、"卵"という感覚に近かったけれど)はきちんとお腹の中にいるのかと不安で、毎日がとても長く感じた。だけど、クリスマス、年末と、とても元気に過ごして、美味しいものもたくさん食べた。

しかし、年が明けたころから、なんとなく体がおかしい。ずっと胸焼けしているようなムカムカ。2日酔いのようなだるさ。そして眠気。

食事ができないという程ではないけれど、あまり量は食べられず、梅干しや冷奴がおいしかった。

「これがつわり…」

調べたり、友人知人の話を聞いたりする限り、私の場合はそれほどひどくはないらしい。吐いたり食事ができなかったり、点滴まで必要になる人もいるそう。

確かに、そこまでではなかった。
だけど、24時間続くムカムカや、空腹感はあるのに少ししか食べられないこと、仕事中も眠くて午後は作業効率が0に等しくなること、眠さに勝てず帰宅後はすぐ寝てしまうこと、家事を思うようにできないこと、夫とろくに話もできずに過ごすこと。
これらのことは、十分に私の気持ちを滅入らせた。

「もっとつらい人がいる」
「私はそれほどひどくはないのだから」

そう思って、日々を無理矢理にこなした。職場では、まだ一部の上司しか妊娠のことを知らないので、いつも通り過ごすしかなかった。

勧められた甘ったるいお菓子を、平気な顔をして食べた。自分は食欲がないけれど、みんなのお昼を準備した。コーヒーの香りがだめになったけど、勧められれば一緒にお茶をした。

妊娠の報告をするまで、職場の人たちはまったく気がつかなかったというのだから、いつも通り振る舞えていたのだろうと思う。
だけど、私の心は擦り減った。

いっそのこと、みんなに言いふらして、つらいことはつらいと言えばいい、という気持ちと、まだ安定期に入っていないし、万が一の事があったら困るから誰にも言えない、という気持ちを行ったり来たりした。

今考えれば、私の職場の場合は、早くにみんなに報告すればよかったと思う。安定期に入って妊娠報告をした後は、快く仕事を手伝ってくれたり、体調を気遣ってくれる人が多かった。もっと早く教えてくれればよかったのに、つわりのころ大変だったでしょう?と全員が口を揃えて言った。
(一般的には大勢への妊娠報告は安定期に入ってからというのがあるし、その人の考え方や、仕事の内容にもよるから、どちらがいいとかは思わないけれども)

そして過ぎ去った今だから思えるのかもしれないけど、自分のつらさを他人と比べることほど無意味なことはない。

つらいものはつらい。

起きている出来事をつらいと思うかどうかは人によるし、つらさの質も違えば、受け取り方も人それぞれなのだから、比べられるものではない。その人の体に起きていることは、その人にしか分からないのだから。

自分にとってつらいことが今ここに存在しているのだから、「他の人に比べればこれくらい」とわざわざ無理する必要はない。

大小違えど、みんなこのつらさを乗り越えていったんだなあと、世の母たちを尊敬せずにはいられなかった。

つらかったけど、
夫の優しさに気づき、救われたから、大切な期間だったと思う。
何とも言葉にし難い気持ち悪さから突然泣き出す私をなだめ、さっぱりした食べ物や酸っぱい食べ物を買い集め、家事を一つもせず横になる私に眠れる環境を作り(部屋の電気を消して小さなランプの下で仕事をしたり、観たいテレビも付けずに静かにしていたりして、申し訳ないくらいだった。)、これまで2人で分担して何とか回していた家事を一手に担い、本当に大変だったと思う。

家事だけではない。きっと夫は(世の男性は)、私(妻)の体で起きている変化がどのような事で、どのくらいつらいか分からない。自分の体で起こっていることではないのだから当然。分からないことに対して、自分事のように受け止めて、心配したり気を遣ったりするって、それはそれは大変なことのように私は思う。Googleで調べた少量の知識を総動員して「大丈夫?」「今はこういうことが起きていて、こんな症状が出るときなんだって」などと分かろうと努力し、面倒をみてくれた。もしも逆の立場だったら、私はそこまで寄り添ってあげられたかしら、と思う。

たとえば、夫が風邪などで体調を崩したとき。確かに私は「大丈夫?」と声はかけるし、食べられそうなものを用意するし、心配もする。だけど心のどこかに、「まあ今は寝てるしかないし」「どんなに心配したって、つらさを分けてもらうことなんてできないし」という思いがあって、割と放置というか、そうっとしておいて、私は私で普段通りの生活をする。(ちょっと薄情かな、、)

対して夫は、私が熱を出したり胃腸炎になったりしたとき、体温計やビニール袋をせっせと寝室に運び、あたふたしながら症状や対処法を色々と調べ、何か必要なものはないかと頻繁に聞きに来て、とにかくもう世話焼きというか(ありがたいことだけども)、私の夫に対するそれとは、比べものにならないくらい。

他の人に起きているつらいことに対して、そんなに親身になってあげられるってすごいなあと、これまでも思っていた。それを、私がつわりでつらい時期にも遺憾なく発揮してくれて、とても優しい心を持った夫でよかった、と心から思った。


つらいなかでも、そんなことをぼんやり考えながら日々をやり過ごしていった。

そしてある日突然、なんだかスッキリしたなあ!!お腹すいた!!とトンカツをもりもり食べ始めた私を見たとき、夫は呆れたように笑って、そして死んだように眠った。

私もつらかったけど、夫も大変だったね。ありがたや。

***
つらさを人と比べる必要はないし、頼れる人には頼ったほうがいいと学んだ、つわりの期間の話。それから夫という存在の大きさにも気付かされた話。

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