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わたしの「夢」タイプと、これから

そもそもなんだけど、「夢」ってなんだろう。

最近、知人が言い得て妙なことを言っていた(この知人はほんとうにうまいこと言うひと)。「夢」にはいくつかのタイプがあるんじゃないか、と。

まずは、「ワンピース」タイプ。
海賊王とか世界一の大剣豪になりたくて、努力でどんどん前進していくひとたち。いわゆるDoing型のひとが持つ、明確な「夢」。

次に、「チェンソーマンのデンジ」タイプ。
デンジは、普通に生きて普通に死ぬ人並みの生活と幸福がほしい。いわゆるBeing型のひとが持つ、「特別な目標はないけどこういう環境にいたい」という「夢」。

その話題で盛り上がったあと、ふと、その中間みたいなタイプもあるんじゃないかな、と思った。たとえば「東京喰種の金木 研」タイプ。
自分がささやかに幸福だと感じる環境をまもりたくて、明確な目標はないけれど、無意識に「自分の生まれてきた意味、この世で果たすべき役割」を探しているひとたち。そういうひとたちが見つける「夢」。
(もちろん、もっと違う分類もできると思う。あくまでもこういう分けかたもおもしろいよね、という例として。)

◆ ◆ ◆

好きなことはある。得意なこともある。「こういう環境にいたい」という願望もあるし、前進したいときもある。
でも自然に湧き上がるのは、「わたしはこの世で何をすべきなのかな」という、なにかを探している感覚。

きっとわたしは、「東京喰種の金木 研」タイプなんだと思う。

そんなわたしが見つけた「夢」について、書いてみたいと思う。

◆ ◆ ◆

いま、わたしは夫と2人の子どもたちといっしょに、関東の、人口4万5千人ほどの街で暮らしている。
具体的に言うと、神奈川県三浦市で暮らしている。ちいさな半島のはじっこ。相模湾と、東京湾と、太平洋に面した街。

東京までは電車で1時間半くらい。
主要産業は、漁業と、農業と、魚介や自然を目当てに都市部からくる日帰り観光客がメインの観光業。人口も日帰り観光客の数も、ゆるやかに減少中。
街を車で走ると、古い漁港の身を寄せ合うような古い町並みや、広い敷地内に祠や蔵まであるような農家や畑の集積のあいまあいまに、どどどん!とおおきなホームセンターやスーパー、おなじような区画の戸建て、団地や県営住宅が現れる。

最初は、正直なところ、そうおもしろい街だとは思わなかった。
(ごめんなさい)

当時はきっと、わかりやすい都市 vs 地方の構図、
例えば最新カルチャーやあふれんばかりのモノや情報に対する、豊かな自然と趣のある古民家群みたいなものを、おもしろがっていたのだと思う。

だから、古い共同体の気配が残りつつも、首都圏で消費地が近くて、都市部の巨大資本に開発されてきたこの土地のおもしろさを理解できなかった。
そうして、夫婦の職場へのアクセスと、BESSのログハウスを自然が身近な場所に建てたいというそれだけの理由で、この街を選んだ。

でも、いま、わたしはこの街がとても好きだ。

都会に比べると、もちろん足りないものはある。

最初は飲食店がもっとあるといいなと思ったし、
子どもができてからは出産できる病院が市内にないのはまいった。
車がないとしんどいし、
美術館、博物館、図書館のような文化施設や本屋がすくないのも残念。
子どもの教育選択肢や職業選択肢が多くないことも気になっている。
それに、ちいさな半島の先っぽにあるという立地上、災害が起きたときに孤島化してしまう可能性も、とても高い。

でも、足りないもののなかには、なくても困らないものだって多いのだ。

例えば、飲食店は数は限られるけれど店主や常連さんと顔見知りになるたのしみがあるし、地元のひとたちに愛されている店しか生き残っていないので名店ぞろい。
産科のある病院が市内にないといったって、車で20分で隣の市の病院に行ける。
昨今、子どもの教育選択肢は一大ビジネス化しているから、サービス利用者になるにはそのぶん稼がなくてはならない。それで家族で晩ごはんを食べる時間を削ったり、ごろごろまったりする時間を引き換えにするなんて、優先順位を間違えているような気がしてしまう。


文化施設や本屋、職業選択肢は、確かに少ない。
でも、自分たち家族や誰かのために、どうしてもそういうものがほしければ、それに代わるものを自分たちで作ればいい。

災害が起きたときに孤島化してしまう可能性は、やっぱり高い。
それなら、まずは身近なひとたちと助け合える、生き延びられる可能性をあげる手立てを準備しておけばいい。


わたしは、アウトサイダーとしてたどり着いたこの街での暮らしが気に入っているし、ここは子どもたちの故郷だから、家族で、これからもこの街で生きていきたい。
空と、海と、土が側にあるこの土地で子どもたちを育てて、出会うひとたちをたいせつにして、ちいさな居心地のいいコミュニティを守りながら、その思い出にかこまれて、年をとって死にたい。

そのために、文化施設にかわるものをつくりたい。
職業選択肢を生む仕組みをつくり、自分自身もそのなかで営みを続けたい。
非常時に備えたコミュニティや手立てを、こつこつ作りたい。

それらを作ることが、いまのわたしの「夢」だ。

◆ ◆ ◆

具体的に、2024年の計画を書き残しておこうと思う。
このうち、いくつが実現するかな。心配で、怖いけど、たのしみでもある。

まず、わたしは、わたし自身がこの土地にほしい「文化施設」を、次のように定義している(いまのところ)。

1.この土地固有のことば、歌や踊り、信仰、たべもの、住まい、伝承、芸能、生業や産業のありかた(いわゆる民俗、英:Folklore)を、その消失や変化の事実もふくめてアーカイブする仕組み。

2.その結果や過程のなかから、この土地の未来を生きていくための手がかりを探す行為。

3.その結果や過程を一般にひらくことで(パブリックなものとすることで)、ひとびとが自分とは異質なものや多様なものごとを自然と受け入れることができる心理状態が育まれている環境。


これらを、行政でも教育機関でもないわたしが、どうやったらかたちにすることができるのか。どうしたら、たのしみながら、続けることができるのか(ここがめちゃくちゃ大事・・・稼げないと続けられない)。


自信はないけど、観光かな、と思う。


まずはひとりで、次第になかまを増やして、1と2に取り組む。

次に、そこであつめた素材や土地のひとたちとのつながりを活かして、訪日外国人(特に欧米豪)向けのツアーをつくる。ガイドをする。この土地を愛してくれるひとを増やす。
そうして、自分たちも稼ぐし、協力してくれた土地のひとたちも(代々三浦にいるひとも、移住してきたひとも)稼げるような状態をつくる。
それが、きっと3につながる。

2024年は、ここの土台づくりまではする。
あ、これいけるかな?という予感をもって次の年末を迎えたいです(切実に・・・)。

その次の段階として、土地のなかでしっかり価値循環を起こすために、短時間の滞在ではなく、長時間の滞在をうながす仕組みをつくる。

たとえば地域の宿はどんどん紹介したいし、宿がすくないエリアでは自分たちで宿をやってみたい。
そうしてリアルの場所がもてたら、長時間の滞在をうながす仕掛けとして、モビリティ、飲食、デザイン、いろいろな体験プログラムができる。つまり、多様な職業選択肢の受け皿になることができる。

みんなでそういう場所を続けることができたら、その場所を地域にひらく。そこで偶発的な出会いをたくさん生むことができたら、それは「文化施設に代わるもの」と言えるのではないかな。

そうして、その場を地域の防災拠点にできたら、その場を続けるコミュニティが非常時には相互扶助の仕組みとしても機能すれば、「わたしたち」はこの土地で生き続けていけるのではないかな。

なあんてことを考えています。
これが、生まれてはじめての、わたしの「夢」です。



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