バルト三国へ:リトアニアで杉原千畝氏の軌跡を辿る

今回の旅の大きな目的の一つであった杉原千畝氏の軌跡巡りですが、正直、なかなか難航しました。その理由は情報が限定的すぎたからです。

私が訪れたカウナスヴィリニュスについては、出発前に以下の情報を得ていました。

カウナス

→杉原記念館がある。杉原氏のプレートがホテルメトロポリスとカウナス駅にある。

ヴィリニュス

→杉原通りというものがある。杉原氏のプレートがある公園がある。

ガイドブックにはほとんど情報がありませんし、ネットでの検索にも限界がありました。これは現地で何とかするしかない、という感じでした。

さて。
カウナス
の杉原記念館、ホテルメトロポリス、カウナス駅に関しては、施設の場所は調べればすぐに分かったので問題ありませんでした。しかし、プレートについては、その中のどこにあるのか、ということがわかりません。

ホテルについては、フロントで伺ってみたのですが、「私どものホテルで杉原氏が筆をとっていたという歴史については大変誇りに思っております」というようなことはおっしゃっていたのですが、プレートに関しては「存じません。杉原記念館というものでしたら、この辺(マップを取り出す)にございますよ。」…という感じになり、途方にくれかけましたが、気を取り直して自分で探してみたら、すんなり見つかりました。ホテルの正面玄関の左脇にありました!

次は、カウナス駅です。ホテルの場合は、敷地がそこまで広くないので、自力で探すにしてもまあ何とかなるかな、と思ったのですが、駅のすみずみまで見て歩くというのは正直つらいものがあります。
そこで、informationでビクビクしながら伺ってみることにしました。(ヨーロッパの鉄道駅にあるinformationは鉄道やチケット以外のことを聞くと怒られたり、ここはそういうことを聞く場所じゃない!とつっけんどんな対応をされることがよくあるのです。)
「すみません、この駅に杉原千畝という日本人のプレートがあると聞いてきたのですが…」
「杉原というのは、ユダヤの人にビザを出した日本人ですね」
「はい」
「それなら、杉原記念館というのが、この辺りにあって…(地図を取り出す)」
「いえ、それは知っています。そこではなく、ここの駅の中に、氏のプレートがあるはずなんです。」
「そんなことは聞いたことがありません。杉原記念館のことではないのですか?」
「いいえ、違います。この駅の中にあると、ある日本語のサイトに書いてあったんです。」
「えー、それは聞いたことがないわねえ。ちょっと待って。私よりも英語がうまい人を探すから。」

(隣のオフィスの若いお姉さんに対応変更)
「あの、この駅の中に杉原千畝という日本人のプレートがあると聞いたんですが…杉原記念館ではなく、この駅の中にあるはずなんです。」
「ああ、知っています。プラットフォームのところにありますよ。ちょっと待ってて。案内します。」
「ありがとうございます!!」

(プレート前まで連れて行ってくださる)
「ここカウナスで杉原氏がビザを書いていたというのは素晴らしいことだと思います。」
「ありがとうございます。」

こんな感じで、ホテルの時と同じように、プレートについての認知は、そこで働いている方にとってもあまり高くはないようです。知っているお姉さんがいらして、本当によかったです。
場所は、カウナス駅を駅舎から地上プラットフォームに出てすぐのところにあります。

駅のプレートを確認した後は、杉原記念館に行きました。記念館は場所も把握できていたので、心配ありませんでした。駅から北側、やや高台にあります。

入り口のベルを鳴らすと、中からドアを開けていただけます。入館料をお渡しした後、15分ほど氏についてのビデオを見て、その後室内を自由に見て回るという感じでした。

カウナスの関連物の位置を地図にまとめてみました。

ヴィリニュスの軌跡巡りは、より困難を極めました。桜公園については、まだ場所が分かっていたのですが、「杉原通りというのがあるらしい」という情報は散見されるものの、その場所が出てきません。「杉原通り」「sugihara street」などとネットであれこれ探してみても場所がヒットしません。
仕方がないので、やはり、観光案内所で伺ってみることにしました。

「すみません。杉原千畝という日本人の名前を付けた通りがヴィリニュスの中にあると聞いたのですが」
「ユダヤの人にビザを書いた日本人ですね。それはこの町ではなくカウナスに…」
「いえ、カウナスのほうはもう行ってきたんです。カウナスではなく、ここ、ヴィリニュスにあると書いてありました。」
「そうですか…。調べてみます。あ、もしかして、桜という日本の花を植えた公園なら聞いたことがありますが、そこのことでしょうか。」
「多分そこだと思います。」
「場所は…ここですね(地図を取り出す)。」

(桜公園については何となく場所を把握していましたが、確かな位置をゲット!)

「ありがとうございます。その公園にも行きたいと思います。けれども、"sugihara street"のようなものがあるらしいんです。」
「そうですか。ちょっと待ってください。(ネットで検索)分かりました。その通りはあります。場所はこの辺りです。(地図に記入)」

位置をまとめるとこんな感じです。桜公園はともかく、杉原千畝通りは駅からも旧市街からもかなり距離があります。

「ありがとうございます。sugihara streetはかなり遠いですね。ここからどう行けばいいですか?」
「そうですね…ここからだと色々乗り物を乗り継いでいかなければなりません。」
「うー…難しそうですね。」
「はい。ちょっと待って。(検索)いい方法を思いつきました!一度バスターミナルまで戻って、そこからTEODORO NARBUTO st.というバス停まで乗ってください。そうしたらsugihara streetのすぐ近くまで行けます。だいたいこの辺りです。(地図に記入)」
「ありがとうございます。大変助かりました。」

こんな感じで何とか位置やアクセスを確認できました。ネットで調べても分からないことは、あるだけの情報を持って観光案内所で伺うのが良さそうです。

杉原通りへは長旅になりそうなので、一度ホテルへ戻って休憩をしてから出かけ直しました。

が。ここでトラブル発生。お姉さんが書いてくださったバス停の名前やバスの番号などのメモを、ホテルに置いてきてしまったことに、出発後しばらくしてから気づきました。時間帯的にも(この時既に夕方)もう今から戻るのも…という感じになり、仕方ない!場所も分かっているし!地図もあるし!歩くか!!!と、私は無謀な決断をしてしまいました。(…後でかなり後悔しました。)

まずは、杉原桜公園に行きました。こちらは旧市街の先でそれほど遠くなかったので、すんなり到着しました。

氏のプレート。

辺りには桜が植樹されたそうです。春にはきれいに咲くんでしょうね。

"Ciunes Sugiharos"の表記になっています。"sugihara street"で検索しても出なかったのは、スペルが変化していたからなようでした。"sugiharos"で検索すれば出てきました。

桜公園からは、延々と杉原通りを目指して歩き続けました。途中で疲れてくじけそうになりました。。場所も場所だし休むところもなく、心折れました。。が、ここで諦めて帰るわけにもいかないので(そして、帰るにも遠すぎる)、何とか目的地までは…と、ふんばりました。

杉原千畝通りは、こんな感じで開発中の住宅街のようでした。

驚いたのは、こちらのクリニック。おそらく現地の方が開いてらっしゃるものだと思うのですが、漢字でおもいきり番地が書いてあり、衝撃的でした。

通りを歩いてみた後は、観光案内所のお姉さんが教えてくださったバス停の位置の記憶を頼りに、大通りへ出て、無事にバスに乗ってホテルまで戻ることができました。

もしも、杉原通りに行こうと思っている方がいらしたら、絶対にバスで行くことをおすすめします!最寄りは"TEODORO NARBUTO st."です。徒歩はめちゃくちゃ大変です!!5kmくらいあったと思います。。



そういえば、ヴィリニュスの街中ではこんなものも目にしました。残念ながら、位置は失念しました…

お店なのかな。

リトアニアでは、杉原千畝氏の存在を知っている方は、特に観光産業関連では、たくさんいらっしゃるようでした。杉原通りのクリニックがあったり、上の”SUGIHARA”というサインがあったり、その功績を重く受け止めている方がいるんだなと思いました。


色々大変でしたが、軌跡巡りと探検とを、何とか達成&満喫できたので良かったです。こちらがこれから行く方の参考になれば幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?