短歌抜粋『しあわせの王様 全身麻痺のALSを生きる舩後靖彦の挑戦』舩後靖彦 作・寮 美千子 執筆(ロクリン社 2016)

【2,067 文字】

2005年、舩後さんと寮さんは知り合い、既に詩や俳句をつくられていた舩後さんに、寮さんが短歌をすすめ、本書が生まれた。増補新装前は2008年。
散文+韻文(短歌)。

【宣告】
告げられて我も男子と踏ん張るも その病名に震え止まらず
筋肉の麻痺総身へ忍びより 手なく足なく口もなくなる

2000年 5月

筋肉が弱っていく原因不明の病気。舩後さんは、噛む力の強弱で、あいうえお表から言葉を指定し、思いを言語化されている。れいわ新撰組の参議院議員。中年期に、自分が崩れていく現実を受け、死を強く感じながら、国会で闘われている。切実な言葉でつむぐ短歌を抜き書きした。
健康であれば、意識しないだろうが、誰の背中にも「死」がはりついている。

【発病】
歯ブラシが手からぽろりと落ちたのが 地獄の使者の挨拶始め
脳の指示無視して動かぬわが右手 筋書きの摑めぬ劇の幕開き

1999年(41歳)

【青春】
指裂けて血染めのギター弾きまくる これで燃えねば何の十代

【就職】
入れてやる そんな態度の総務への 怒り抑えた出社の初日
気がつけば上司に媚びる我がいて 己の軽さ情けなくなる

1982年 酒田時計貿易(株)入社 

【企業戦士】
わが仕事大波に乗るサーフィンか 朋も家族も浜の点景
ライバルに勝って月末有頂天 なのに勝利の美酒ひとり酒

【予兆】
大荷物 妻に持たせて手ぶらかな 手の麻痺ゆえの亭主関白
手上がらず 皿に顔つけ犬食いをしたその頭 元に戻せず

【不安】
靴先が裂けるほど足ひきずりて 病の影に怯えはじむる
ゆるやかな坂もなるべく避けるよう 町の地形に敏感になり

【失態】
エアポート バーで気取って Can I have? 麻痺の手悲し コーラ犬飲み
「千葉語か?」言われるプアなわが英語 ろれつ回らずもはや宇宙語

【ALS】
筋萎縮性側索硬化症 ALSの禍々しき名

【絶望】
何をする気力も湧かず引きこもる ただ絶望の海に溺れて

【否定】
「治らん」と医師はサラリと我に告ぐ 死する病を風邪のごとくに
競り前の鮪か屍か ぴくりとも動かず天井見つめてる人
麻痺ゆえに亡骸のごと寝る人に わが未来見て膝の震える

【怒り】
麻痺の足 我とわが身を突き落とす 階段の果て奈落の底へ
わが額ざっくり柘榴のごとく割れ 不条理のダリの絵画のごとし
奈落へと転がり落ちて得たものは 千云(ちぢ)に砕けし自尊心かな

【受容】
歩きでは最後と行った散歩道 地に素足つけ別れを惜しむ

【気管切開】
吸いこめど吸いこめどなお吸いこめず 苦しさに胸搔きむしりたし
「生きたけりゃ喉かっさばけ」と医師が言う 鼻では酸素間に合わないと
女医さまが喉すっぱりと切り裂けば 濁流のごと満ちいる酸素
喉の孔 部品で塞ぎオペ終了 絡繰り人間一丁上がり

【胃痩(いろう)】
食えぬ日々続いてふっと気がつけば 鏡のなかでミイラが笑う
二十一世紀に餓死もなかろうと 胃瘦を造る手術承諾
舌抜きで胃袋へ行く栄養剤 これフルコース 餓え凌ぐのみ

2002年

【提案】
時だけはうなるほどあり 病得しこの身のゆえの時間贅沢
遺書に代え日々の徒然書きつけん 動けぬ我のよき暇つぶし

【迷い】
あの時の俺 動くのは指のみで 殺してくれと日々神頼み
犬のごと管につながれ生きるのは 人ではないと呼吸器渋り
地獄かな 自宅介護で生きる道 倒れる家族救う術なし
闇が言う 断てよ命を己が手で 家族を襲う地獄は永久(とわ)ぞ
天が言う 保て命を苦しくも 妻子守るが汝が務め
寝たきりの我にいとしき妻と子を 守る術なし 逝くことが愛

【呼吸器】
呼吸器をつけずに死ぬと決めし夜に 娘の目見て無言で詫びる
死を望む我に生きよと告ぐる声 廊下に響く呼吸器の音
指一つ動かぬ我に生きる意味 ありと覚悟を決めし日の空
成せる事成すが生きがい生きる意味 延命決めて いま呼吸器を
喉穴に管をつなぎて息すれば 呼吸器もわが愛しき臓器

【生きがい】
難病で屍のごとき俺だから「人につくす」で生きている意味を
サポートし 笑みでお返し貰うたび すがすがしきもの体に満ちて

【いのちのメール】
生きる夢失くした人の嘆き知り 我と同じと目に熱きもの
自死望む友に「死ぬな」と 動かない足で必死にメール打つ夜

【表現者】
打ち込んだ文字 音声に変換し 機械の声で語る我なり
障害を俺が世間にさらさねば 病友たちは隠れ住むまま

【今井医師】
患者より妻への思い聞きし医師 天を仰ぎて肩を震わす
ヤブ医者め 蹴飛ばしてやる その時に すでに勇気をもらっておりぬ

【母】
先立てる不幸を詫びるたび母は 肩を震わせ無言の拒否す
介護苦を知っているのに知らないと 我看る母に菩薩をみた日

【妻】
疲れても笑みを絶やさぬわが妻を いたわれぬ我 麻痺に泣き暮れ
鬱来れば妻の香以外薬なし 漂いくれば不安和らぎ

【現在】
呼吸器で延命した者のみが味わう責め苦 眼球の麻痺
呼吸器をつけ麻痺の果て石と化す覚悟で生きる それも道とし

【王様病】
病苦さえ 運命(さだめ)がくれたゲームだと 思える我は「しあわせの王」

【挑戦者】
俺らしく いまやれることやりぬいて 走り続けん いまこの瞬間を

2008年夏