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スペキュラティブ・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ

課題解決するデザインから問題提起するデザインとして「スペキュラティブ・デザイン」という概念がある。

ここ最近、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)の領域で未来について思索・推測(スペキュラティブ)させられることが増えてきた。

現実の「スペキュラティブ・デザイン」化

実際、リプロダクティブ・ヘルス/ライツについては、積極的に生理について広告発信したり、フェムテックなど新しい経済の動きができている。

卵子凍結のサービス、生理自体を抑制する低容量ピルの普及、IUDと言われる子宮内避妊器具、無痛分娩、生殖行為を伴わない妊活(体外受精、シリンジ法)、代理出産エージェント、LGBTQファミリーなど。

これだけ課題を解決するための手段などがあるということが問題提起で、個々の課題の裏に女性の社会進出や家族の在り方の変容があることを示している。

「血縁」「肉親」「腹を痛めて産んだ子」「血を分けた兄弟」といった言葉があるが、新しい生殖医療で血縁や痛みから解放されたからといってそれが生殖と性と愛と別物だとは思わない。
ただ、血縁前提、異性愛前提といった家族主義から脱した多様性は素晴らしい反面、技術の発展でなんでもコントロールできてしまうという手放しで賞賛できない課題もある。

リプロダクティブ・ヘルス/ライツの定義は以下のとおり。

人が生涯にわたって差別と強制と暴力を受けることなく、性と生殖に関して身体的、精神的、社会的に良質な健康環境にあることをリプロダクティブ・ヘルスといい、またその状態を享受する権利をリプロダクティブ・ライツという。

・合法かつ安全な中絶の権利
・断種や中絶を強制されない権利
・避妊の権利
・産婦人科医療にアクセスする権利
・情報に基づいて女性が生むか生まないかを自由に決定する権利 (right to choose)
・そのためのための性と生殖に関する教育と教育アクセスの権利
・性感染症やその他の性に関する教育を受ける権利
・生理期間の健康 (menstrual health) の権利
・女性性器切除 (FGM) のような慣行からの保護

リプロダクティブ・ヘルス・ライツ - Wikipedia

これは問題提起するスペキュラティブ・デザインが応用されるのに合った領域でもある。
議論を起こし、問題を発見し社会に問いを立て倫理と権利を考えさせる。

スペキュラティブ・デザインの事例
スペキュラティブ・デザイン自体は、イギリスの王立芸術大学(RCA=Royal College of Art)の教授であるアンソニー・ダンが提唱したもので、アーティストの作品が多数ある。ジェンダーをテーマにしたものもある。

Housewives Making Drugs
キッチンでエストロゲンを合成するトランスジェンダーの二人がDIYバイオを実演する作品。トランスジェンダーが自身でホルモン治療の健康管理をしやすくなる未来を提示しつつ、トランプ政権によってホルモン治療へのアクセスが制限されるようになったことや、自家製ホルモンの倫理問題について取り上げている。


Biopresence
他界後もそのDNAを植物などに移植して、生き続けさせるプロジェクト。


Mind-Controlled Spermatozoa
脳波のデバイスを女性が装着して脳信号の特定のパターンで精子の動きをコントロールするという家父長制へのアンチテーゼ作品。


性と生殖、倫理と権利

「血のつながった家族」「本当の親」は精子と卵子によっての受胎・出産され、それぞれの持ち主が父である男性、母である女性と考えらている。
でもそれは、あくまでも近代の科学で明らかになった「生殖の過程」で、生殖医療の発展で「生殖の過程」は複雑化してきている。

文化人類学の視点
誰が本当の父/母なのか、生殖に関わった人物が親であるべきなのかという問いに、文化人類学の視点で「家族・親族のきずな」を考えると、古くからあるものでも、違った角度で家族像が見えてくる。

文化人類学では生殖に直接に関わった人物と社会において、親として認められている人物とを一致すべきものとがみなしておらず、「生物学的父親」であるジニスターと「社会学的父親」であるペイターとに区分する。
生物学的父親とは、それぞれの社会の生殖の観念において子どもの生殖に実際に関わった人物のことを指すが、社会学的父親とは、社会的に子どもの父親であると認められた人物を意味する。
また、社会学的父親と男性に限らず、女性でもありうる。
同様に、母親に対しても実際に出産した人物をジェニトリクス、社会的に母親として認められた人物をメイターと区分する。

文化人類学のレッスン―フィールドからの出発」より

社会学的父親が、男性に限らない具体例として、北東アフリカのヌアー人は女性婚といわれる結婚形態があり、女性が父親として妻の役割の男性と結婚して、子どもを家庭内で父として育てる。
生物学的母の女性と社会学的母の男性の間にできた子どもの、社会学的父親が女性ということになる。

・メラネシアのトロブリアン諸島の母系社会の民族は、妊娠の原因を性交渉と考えておらず、父と子の関係は肉体的なつながりよりも、子育てに参加したりする「社会学的父親」の側面で父親として認められる。

・エチオピアのボラナ人は、結婚を強く推奨しているが、婚外性交渉も行う。理由は子どもを持たなければ「名前が消え去る」と信じられているため。既婚女性が夫以外の子どもを産むこともある。このような子どもは「アッベーラ」といわれ、ボラナは父系社会ではあるが、婚外子も産んだ女性の家庭で養育される。


生殖の医療
不妊治療は男女問わず問題があり、原因の特定が難しい。不妊症の定義も妊娠に至る過程にある何らかの障害と範囲が広い。

日本の少子化加速をメディアも政治家も憂うけど、不妊治療は高額で子どもを欲しい人が医療保険適応外の重い費用負担をしていることから、多くの民間の団体はボトムアップで活動をしている。


生殖補助医療

生殖補助医療は、多様化と進化で、身体の課題を超えて、同性カップルがどちらかの精子または卵子と受精させて、男性カップルの場合は代理出産、女性のカップルの場合はどちらかが妊娠・出産ということも可能になっている。
ただし、日本では人工授精と体外受精は容認されているが、代理出産は容認されていない。

親子のつながりが血のつながりであると、信じるのも信じないのも個人の自由だと思うが、身体の制約があっても切実に血縁のある子どもが欲しい人にとって、代理出産という手段を必要となる反面、ビジネスとしての搾取構造も問題となっている。
また精子提供に関して、日本と海外での差は大きく、海外で治療を受けたり、自分の出自を知る権利が認められていないことなどの課題がある。

自分で出産できない人たちが子供を持つ選択肢となっている。その反面、産んでもらう相手の健康リスクや親権トラブルの懸念、商業化によって「女性搾取」につながるという批判もある。


月経
月経は低容量ピルの普及、IUDと言われる子宮内避妊器具でコントロール可能になりつつある。
また、医療の歴史が白人男性を元に研究されてきたことから、月経に関する教育啓蒙や女性のヘルスケア事業支援をしているMenstrual Health Hubでは、女性が臨床試験で除外されたりジェンダーペインギャップと言われる性差で疾病の違いがあることを指摘し、人間中心設計に対してWomen-Centered Design(女性中心設計)という教育やビジネスで活かせるデザインプロセスを実施している。


トランスジェンダーの権利の重要性
リプロダクティブ・ヘルス/ライツはトランス・ジェンダーやインターセックスの人にとって「性の権利」として、重要な意味を持つ。
生殖と関連する医療技術が当事者の思いと深く結びついている。
トランスジェンダーは戸籍の性別変更に、手術することが要件になっているが、性別適合手術は身体に負荷がある上、国内では高額で、言葉の通じない海外でリスクを承知で臨む人もいる。
身体が変わる可能性があるなかで、身体の物質性を決定づけることは、それが人を苦しめることもある。
世界保健機関(WHO)がトランスジェンダーを「精神疾患では無い」と発表したのはたった2年前の2018年なので、もっと議論をしていかなければいけない。

LGBTQで最も身体性と向き合い、これまでの社会やLGBTQコミュニティ内の歴史で多く語られていないトランスジェンダーの哲学、理論を彼ら彼女らは現在進行形で更新し続けている。

生物学的な身体は社会的な構築物か、ただイメージの媒介を通して解読不能になるもの(そこでは、これらのイメージは、個人の身体と身体が意味するものの 社会的、文化的観念との両方を表象している)か、いずれかである

身体を引き受ける:トランスジェンダーと物質性のレトリック


未来を思索する

リプロダクティブ・ヘルス/ライツには男女・父母だけでは無い性と役割があることがわかる。
社会で変容するジェンダーの多様性と、最近増加しているジェンダー・フルイド(流動的に性別を行き来する考え方)について家族の変容も起きてくると思われる。

・生物学的父親(ジニスター)
・生物学的母親(ジェニトリクス)
・社会学的父親(ペイター)
・社会学的母親(メイター)
・サロゲートマザー(代理母で人工授精を行い出産する女性)
・ホストマザー(遺伝的につながりの無い受精卵を子宮に入れ、出産する女性)
・精子ドナー(人工授精用の精子提供をする男性)
・L(レズビアン):同性愛の女性
・G(ゲイ):同性愛の男性
・B(バイセクシュアル):両性(男性・女性)愛の人
・T(トランスジェンダー):心と体の性が一致しない人
・Q(クィア):セクシュアルマイノリティの総称でもあり、男女の二元論に縛られない人


種を超える

思想家のダナ・ハラウェイは、ペットでも家族でもない犬との新しい関係として「伴侶種 」という関係性や、まだ日本で未訳なものの「子どもではなく類縁関係をつくろう」という少子化の現在に問題提起する論考を出している。

また、この考えはズーフィリアについての本「聖なるズー」や、日本の民話にあった異類婚にも共通するかもしれない。
動物と人間が結婚をする物語の異類婚姻譚が、世界各国で存在することについては、近代化前の人と動物は対等で、自然は征服できないという考えが根底にあり、さらに意識に対して動物のような無意識領域の獲得の願望もあるという。

家族を持つこと、生殖が人間対人間の生殖から解放され、身体性にしばられず家族の概念が拡張する。


サイエンス・フィクション
SFは人類の未来について思い馳せるので、現代の性役割の規範に囚われないアイデアの宝庫。

インディゲームDream Askewでは性別の表現を使わず、キャラクター作成では「男性」または「女性」を避け、代わりに「ガーゴイル」、「ダガーパディ」、「アイスファム」、「レイヴン」などのさまざまな新しいオプションを提示している。
生物学的○○やLGBTQのように、覚えるのは大変だが違いを認めることが定着すると、違いに怯えず生きやすくなる人が増えるかもしれない。


生物学的な身体、血縁、これまでの家族像に囚われない権利の、リプロダクティブ・ヘルス/ライツにまつわるライフスタイルは、スペキュラティブ・デザインの探求心が必要な領域だと思う。
それは、未来志向だけではなく、近代化前にヒントがあるかもしれない。
まだまだ知るべきこと、受け入れるべきこと、検討すべきことがある。



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