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タクシー待ちの行列とヤクザ。20年前のどうでもいいのに忘れられない思い出

これはわたしが20年近く前に、川崎市登戸という地味な町(いまお住まいの方、申し訳ありません…)そばに住んでいた時のどうでもいい、それなのに忘れられない思い出です。

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登戸駅前のロータリーのタクシー待ちの行列に並んで、タクシーを待っていた。時は晩秋、雨の夜。22時か23時か、そのくらい。いくつかの路線が交差する登戸駅では、夜遅い時間になると、乗り継ぎの便が悪くなる。次の電車を待てない残業終わり、飲み終わりの人が、タクシーで帰ろうと、駅前のタクシー待ちの列が長くなるのだった。とにかく、みんな顔に縦線が入るくらい、疲れている。

底冷えのする夜。爪先を冷たく気持ち悪く包む濡れた革靴。酔っ払いサラリーマン。前の人の傘から垂れるしずく。駅の蛍光灯。もう何もかもにウンザリ。日本の考えうる社会人の「疲れ」を全部盛り込んだ、登戸駅前はそんな風情だった。

20分か、30分か、待っただろうか。ようやく私が、行列の先頭に来た。やっと次は、わたしだ…

そのとき、後ろから歩いて来た人が、何も言わずに私の前に割り込んできた。えっ、と思って顔をあげると、向こうも振り返ってわたしを見た。紛うことなくヤクザ。みるからに悪いやつだ。そんなリアクションはお見通しだと言わんばかりに、振り向きざまに睨みながら(文句ないよな)と私に目で言う。列に並ぶ、いうことを人生でしたこともなければ、するつもりもないし、まともに生きるつもりもない、下卑た顔。

わたしはそのまま目を逸らした(文句ありません)。こんなヤツに文句いって殴られでもしたら損。平均的な日本人のわたしは長いものに巻かれたのである。ヤクザは去った、私が乗るはずだったタクシーに乗って。

しかし。どうにもやはり腹が立つ。そのヤクザに。そして何にもいえなかった自分に。私はその次に来たタクシーに乗り込み、車が走り出したとたん、そのモヤモヤした思いを運転手にぶちまけた。


「ちょっとぉー運転手さん聞いてくださいよー!順番待ちしてたらーヤクザがおもっきり割り込んできてー」


「そいつ、白いスーツ着てた!?」
 

「え?・・いや、なんか茶色の革ジャンみたいなの・・・」 


「じゃあ、そいつはタカハシじゃないね!!」


「え?・・・っていうか、私20分以上、寒い中で待ってたのにそいつったら」

「タカハシはああ見えて悪いヤツじゃあねぇんだよ!」


「あの・・・・」


「タカハシは昔、ラーメン屋で借りた傘をちゃーんと返しに行ったこともあるしよ!!」


「・・・・・・・」

タクシーを降りるまで運転手のタカハシ賛歌は続いた。



(誰だったんだろう、タカハシ)

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今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


人生って、変。


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