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成功は本当に努力の賜物か "実力も運のうち4/4"

運の平等主義

 昨日はサンデルの能力主義批判を取り上げ、個人の才能や努力、そして成功をどのように評価し、報いるべきか、また社会の公正さをどのように実現すべきか。そうした問いに対する答えを探ってきました。「実力も運のうち」の解説最終回となる今日は、サンデルが提案する新たな社会ビジョンについて取り上げていきましょう。

サンデルは、能力主義の問題点を克服するための一つの方向性として、「運の平等主義」の考え方を提示しています。この理論は、個人の選択の結果ではない不平等、つまり「運」による不平等を是正すべきだとする考え方です。

サンデルは次のように述べています。

「我々は、生まれや才能といった偶然の要素による不平等を是正し、真の機会の平等を実現すべきだ。」

マイケル・サンデル『実力も運のうち』

この考え方に基づけば、例えば生まれつきの障害や貧困な家庭環境といった、個人の責任ではない要因による不利益は社会全体で補償すべきだということになります。これは、社会保障制度の拡充や、教育機会の平等化などの政策につながる可能性があります。

政治哲学者のエリザベス・アンダーソン(1959-)は、運の平等主義の意義と課題について次のように指摘しています。

「運の平等主義は、不平等の根源に迫る重要な視点を提供する。しかし、何が個人の選択で、何が運なのかを厳密に区別することは難しい。また、この理論の極端な適用は、個人の責任の概念を損なう可能性がある。」

エリザベス・アンダーソン

アンダーソンの指摘は、運の平等主義の実践における難しさを示唆しています。例えば、ある人の経済的成功が純粋に才能と努力の結果なのか、それとも恵まれた環境や運の産物なのかを厳密に区別することは困難です。また、すべての不平等を「運」の結果として是正しようとすれば、個人の自由や責任の概念が脅かされる可能性もあります。

さらに、政治哲学者のロナルド・ドゥオーキン(1931-2013)は、『平等とは何か』(2000)において、運の平等主義をより洗練させた「資源の平等」理論を提唱しています。

「我々は、人生の出発点における資源の平等を目指すべきだ。しかし、その後の選択の結果生じる不平等は許容される。重要なのは、誰もが自分の選択と才能を生かせる公平な機会を持つことだ。」

ロナルド・ドゥオーキン『平等とは何か』

ドゥオーキンの理論は、完全な結果の平等ではなく、公平なスタートラインを保証することの重要性を強調しています。

昨日からの継続した問いですが、社会はどの程度まで「運」による不平等を是正すべきだと考えられるでしょうか。例えば、生まれた家庭の経済状況による教育機会の格差は、どの程度まで是正することができ、また是正の必要性があるものでしょう。また、才能の差異による所得格差は、どこまで容認されるのか、社会構造の観点から考えてみましょう。

貢献の倫理

 サンデルが提案するもう一つの重要な概念が「貢献の倫理」です。これは、個人の価値や社会的評価を、単なる市場価値や学歴ではなく、社会への貢献度によって測るべきだとする考え方です。

サンデルは次のように主張しています。

「我々は、様々な形での社会貢献を認識し、評価する社会を目指すべきだ。それは、金銭的価値だけでなく、ケアや市民的活動などの価値も含む。」

マイケル・サンデル『実力も運のうち』

この考え方は、現在の社会で過小評価されがちな多くの仕事や活動の価値を再評価することにつながります。例えば、介護労働者や教育者、あるいはボランティア活動などの社会的価値を適切に評価し、尊重する社会を目指すのです。

これは、労働の価値や報酬体系の根本的な見直しを示唆しています。現在の市場原理に基づく賃金決定ではなく、社会的貢献度を考慮した新たな評価システムの構築が必要となるでしょう。

社会学者のアクセル・ホネット(1949-)は、『承認をめぐる闘争』(1992)において、社会的承認の重要性を次のように指摘しています。

「個人の自己実現と社会の発展には、多様な形での社会的承認が不可欠です。労働や社会的貢献に対する適切な評価と承認は、個人の尊厳と社会の結束を強化します。」

アクセル・ホネット『承認をめぐる闘争』

ホネットの理論は、サンデルの「貢献の倫理」と共鳴し、社会的承認の多元化の必要性を示唆しています。これは、単に経済的成功だけでなく、多様な形での社会貢献を評価し、承認する社会システムの構築を意味します。

さらに、経済学者のアマルティア・セン(1933-)は、『不平等の再検討』(1992)において、人間の「潜在能力」の重要性を強調しています。

「真の平等とは、単なる所得の平等ではなく、人々が価値ある生活を送るための実質的な機会の平等を意味します。社会は、個人が自身の潜在能力を最大限に発揮できる環境を整えるべきです。」

アマルティア・セン『不平等の再検討』

センの理論は、「貢献の倫理」と結びつき、個人の多様な能力や貢献の可能性を社会が積極的に支援し、評価する必要性を示唆しています。

「貢献の倫理」に基づいた社会では、どのような仕事や活動がより高く評価されるのでしょう。また、そのような社会を実現するためには、具体的にどのような変革が必要になるかも考えたいです。例えば、現在の賃金体系や社会的評価システムをどのように変更することができるのか、ボランティア活動や地域貢献活動は、どのように評価され、報われるのか、考える余地がありそうです。

共通善の再構築

 サンデルの提言の核心には、「共通善」の概念の再構築があります。彼は、個人主義的な能力主義を超えて、社会全体の利益を考慮した新たな価値観の必要性を訴えています。

サンデルは次のように述べています。

「我々は、個人の成功だけでなく、社会全体の繁栄と調和を目指す価値観を取り戻す必要がある。」

マイケル・サンデル『実力も運のうち』

この「共通善」の概念は、社会の連帯感を強化し、異なる階層や背景を持つ人々の間の対話と相互理解を促進することを目指しています。これは、現代社会における分断や対立を克服し、より包括的で調和のとれた社会を構築するための鍵となる考え方です。

政治哲学者のマイケル・サンデル自身が、『これからの「正義」の話をしよう』(2010)において、次のように主張しています。

「真の民主主義社会を実現するためには、市民が共通の目的や価値観を持ち、公共の事柄について熟議する必要があります。これは、単なる個人の権利や利益の追求を超えた、より高次の社会的結束を意味します。」

マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』

サンデルの主張は、個人主義的な能力主義を超えた、新たな社会的連帯の可能性を示唆しています。これは、市民の政治参加や社会的対話の重要性を強調し、民主主義の質的向上を目指すものと言えるでしょう。

さらに、政治哲学者のチャールズ・テイラー(1931-)は、『近代の社会的想像力』(2004)において、共通善の重要性を次のように述べています。

「現代社会の課題は、多様性を尊重しながらも、共通の価値観や目標を見出すことです。これは、異なる文化や価値観を持つ人々が、互いを理解し、共通の未来を構想する努力を通じて初めて可能になります。」

チャールズ・テイラー『近代の社会的想像力』

テイラーの視点は、グローバル化が進む現代社会において、多様性と統一性のバランスをとることの重要性と難しさを示唆しています。

あなたは現代社会において「共通善」とはどのようなものだと考えますか?また、異なる価値観や背景を持つ人々の間で、どのようにして「共通善」についての合意を形成できるでしょう。例えば、環境保護や社会福祉など、具体的な課題について「共通善」をどのように定義し、追求するか考えられるかもしれません。

教育の役割の再定義

 サンデルは、これらの新たな社会ビジョンを実現する上で、教育の役割が極めて重要だと指摘しています。彼は、現在の競争主義的な教育システムを見直し、より包括的で人間性豊かな教育を提案しています。

「教育は単なる経済的成功の手段ではなく、市民としての責任感と倫理観を育む場であるべきだ。」

マイケル・サンデル『実力も運のうち』

この視点は、教育の目的を単なる知識やスキルの習得から、人格形成や市民性の涵養へと拡張することを意味します。これは、現在の学歴偏重社会や、就職のための教育という考え方からの根本的な転換を示唆しています。

教育哲学者のネル・ノディングズ(1929-)は、『ケアリング』(1984)において、教育におけるケアの重要性を次のように述べています。

「教育の本質的な目的は、ケアする能力を持つ、思いやりのある市民を育成することです。これは、単なる学問的成功以上に重要な教育の使命です。」

ネル・ノディングズ『ケアリング』

ノディングズの理論は、サンデルの教育観と共鳴し、より包括的で人間性豊かな教育の必要性を示唆しています。これは、知識の詰め込みや競争的な試験制度よりも、他者への共感や社会的責任感の育成を重視する教育への転換を意味します。(『ケアリング』のような本は貴重なので国立国会図書館や蔵書が充実した図書館で探してみることをお勧めします)

さらに、教育学者のパウロ・フレイレ(1921-1997)は、『被抑圧者の教育学』(1968)において、批判的思考力と社会変革の力を育む教育の重要性を強調しています。

「真の教育とは、単なる知識の伝達ではなく、学習者が世界を批判的に読み解き、それを変革する力を育むプロセスです。これは、個人の解放と社会の民主化につながる教育なのです。」

パウロ・フレイレ『被抑圧者の教育学』

フレイレの理論は、サンデルの提言する新たな社会ビジョンの実現に向けて、教育が果たすべき重要な役割を示唆しています。

新たな社会ビジョンを考える時

 あなたが新たな社会ビジョンを考えるとした時。教育システムや学校教育以外の場で、どのような学びの機会が重要だと考えますか?例えば、市民性教育やエシカル教育をどのように取り入れる必要があり、生涯学習の機会をどのように拡充できる可能性があるでしょうか。

サンデルの提言する新たな社会ビジョンは、私たちに根本的な価値観の転換を求めています。それは、個人の才能や努力を評価しつつも、同時により広い社会的文脈での貢献や連帯を重視する社会です。このビジョンを実現することは容易ではありませんが、現代社会が直面する多くの課題に対する一つの重要な解決策となる可能性を秘めています。

能力主義の限界を認識し、運や環境の影響を考慮に入れること。多様な形での社会貢献を評価し、承認すること。個人の利益を超えた共通善を追求すること。そして、これらの価値観を次世代に伝え、育むための教育を再構築すること。これらの提言は、より公正で包摂的な社会の実現に向けた重要な指針となるでしょう。

読者の皆さん一人一人が、自身の経験や価値観に照らし合わせながら、これらの提言について深く考え、議論を重ねていくことが、より公正で包摂的な社会の実現への第一歩となるのではないでしょうか。私たちは皆、この新たな社会ビジョンの実現に向けて、それぞれの立場で貢献できる可能性を持っているのです。

全4回に分けて解説してきた『実力も運のうち』ですが、そのキャッチーなタイトルと反してより多角的な視点で社会構造や人ひとりの人生を考えるきっかけとなる良書だと言えるでしょう。比較的読みやすい本なので、気になった方は一度手にしてみることをお勧めします。

 特にビジネスの前線で生きていると「成長」という定義の曖昧な言葉が溢れていて、また「成長」することが正解であるということに疑いがない人が多く散見されます。一体成長とはなんなのか?それが能力主義による考えから生まれたものなのか?実力とはなんなのか?言葉の定義を再考する機会をつくることも必要かもしれませんね。


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