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Muse

20代後半に差し掛かってから、思いふけることが増えた。
過去のこと、今のこと、そして未来のこと。過去の自分が今の自分にリンクするところもあるけど、もちろん過去の自分から考えると考えられないような今の自分もいる。時代とともに考え方がアップデートされていく。それはきっと世の中や身の回りと自分に、ギャップがあまりないように擦り合わせていくためだろうと思う。

考え方がどうアップデートされたのかと思い返し、ふと気づいたことがある。自分は学生の頃と比べて現実主義になった。
学生の頃は運動会や、合唱コンなどの行事で、自分が先頭に経って頑張って仕切ればクラスが一つになれると信じていたし、大人になれば社会の一員として、何らかの形で唯一無二の存在になれると信じていた。人が”できない”と言われることにチャレンジして達成していくことが自分にはできると過信していた。

だが現実は違った。他人同士が一つになるなんて到底難しいし、自分は誰かにとって唯一無二の存在になることさえできないと絶望した。そうなってから「ただ今日を生きる」それだけが今の目標となっている。

十数年経てばそりゃ180度考えが変わることは他の人にもあると思う。じゃあ逆に自分にとって変わらない何かがあるのか考えた。自分の人生のそばにずっとあるもの。

音楽とゲームだ。音楽とゲームだけは人生で切っても切り離せないものだと思う。小学生、いやきっと物心が付く前からずーーーーっとそばにある。だから何十年経とうがずっとそばにいるんだろう。勉強も行事もバイトも仕事も「頑張らなきゃ」という気持ちになり、嫌いのほうが多かった。でも音楽とゲームだけは嫌いという感情になったことがない。”好き”という気持ちが揺らいだことがない。ずっと変わらない思いだ。

今思えば、これくらい他人を好きになったことがあっただろうか。

それはわからないけど、きっとあったんだと思う。
でも、”好き”が伝わるとは限らない。それが人間同士の難しさだ。

いつか私にとっての音楽とゲームのように、好きという気持ちが変わらない相手ができるだろうか。好きという気持ちを受け入れてくれる相手はできるだろうか。

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