IF ONLY 第1話「ブレインバックアップ」

 昨日の交通事故は、僕の彼女である優香を脳死に至らしめた。デートが終わり、家路で別れた直後に、それは起こった。ああ、どうしてもっと一緒にいてあげられなかったんだろう。
 でも、後悔するのはやめた。
 彼女は脳のバックアップ保有者、すなわち専用の機械に脳の記憶を保存する実験の被験者であったからである。
 病室に、彼女がベッドで横たわっている。安らかに眠るその頭には、数多くの配線。それはベッド隣にある大型機械に繋がっていた。
 彼女の家族が不安に見守る中、科学者たちが今か今かと、実験結果を待ちかねる。彼女を実験の対象物にしか見ていないのは腹が立つが、そのおかげで記憶が戻ってくるに越したことはないだろう。
 バックアップ機のスイッチが、今入った。
 彼女は目を開ける。
「ママ……? パパ……? どうしたのこんなところで?」
 それを聞いた両親が、涙を流す。研究者たちは大いに沸き立った。僕もほっと胸を撫で下ろした。最新医療に、死ぬほど感謝の念を叫びたい。
 僕はベッドに駆け寄る。
「優香。僕だ。大輝だ。」
 しかし彼女は、僕の顔を見るや否やきょとんとした。
「あなたは、誰?」
 思い出した。脳のバックアップはその容量の大きさから半年に一回のスパンでしか行えない。前回のバックアップ後に僕らは出会ったから、彼女が覚えていないのは当然だった。
「嘘だろ……」
 思わず呟いてしまうほど、僕は絶望に打ちひしがれた。覚えていない悲しみに、自分だけという疎外感も含まれていた。僕が涙を流すのを見て、周りは呆然と見守っていた。
 そんな中、僕の肩を叩きながら、優香の父が言ってきた。
「君にはどう言葉をかけたらいいか。でも大丈夫。これからも彼女を一緒に支えてはくれないか」
 そうだ、壊れたらまた新しく作り直せばいいんだ。僕は涙を拭い、優香に手を差し伸べた。
「僕と改めて、付き合ってください。もう、君を不幸になんかしない」

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