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PCR検査会場で泣きそうに見えた医療関係者の女性のこと

数週間前、家族が微熱と喉の違和感をうったえた。ちょうどシドニーでCOVID-19の市中感染が再び広がり始めたタイミング。その週にシティ(都心部)へ出かけたばかりだった僕らは「感染したのでは」と不安を感じ、1日家で様子を見ても症状が変わらなかったため、急いでPCR検査に行くことにした。オーストラリアでもパンデミックが始まって1年以上経つが、PCR検査を受けるのは僕らにとって初めてのことだった。

検査会場は長蛇の列

近所のドライブスルー方式の検査会場は、感染拡大の始まりの時期ということもあり、敷地の外まで車の列が伸びていた。終了時間の2時間前。帰って明日出直したい、という家族をなだめ励ましながら車を列の最後尾に着けてすぐ、フェイスシールドとマスクを付けた交通整理係らしきスタッフが門の中から出てきて、僕らの前に並ぶ車1台ずつに何かを説明し始めた。そのうち、数台はエンジンをかけて列を離れて去っていった。

僕らの番が来た。今日は検査がとても混んでいて2時間待ちだから、時間がなければ帰って明日来てもいい、とその人は言った。一度敷地内に車を入れると、検査完了まで出られない構造らしい。

こういう時、オーストラリアでは少し大袈裟に大きな数字を言うことが多い。実際にはそんなにかからないのに、多めに見積もるのだ。そう踏んで、僕らは列に残った。

思いのほかシステム化されていた検査手順

検査会場の、アスファルトの殺風景な駐車場とその奥にある屋根つきのスペースは、古いデポのようだった。そこに一面の車、車、車。じりじりと時間をかけて少しずつ前進し、停車し、それを繰り返す。ただひたすら、待つしかない。

途中、QRコード付きのボードを持ったスタッフがやってきて、僕らはスマートフォンのカメラでそれを読み込み、検査前の登録手続きを開始した。意外としっかりシステム化されていることに少々驚いたが、新型コロナウイルスが見つかったばかりの1年前はもっと混乱した状況だったかもしれない。

「敷地内での写真撮影禁止」と書かれた看板もあった。検査を受ける人や医療者のプライバシーにも配慮されているようだ。

ちなみに、オーストラリアではCOVID-19のPCR検査は完全無料で、もちろん国籍などを問わず誰でも受けることができる。その甲斐あってか、今もシドニーを含むNSW州だけで1日数十万人が検査を受けている。

検査場のスタッフは明るい笑顔を見せた

入場から30分ほど経った頃、PPEに身を包んだ医療関係者らしき数人がタブレットPCを手に、順番に前の車を回って何かしているのが見えた。検査ではなさそうだ。そのうちの1人がやがて僕らの車にもやって来た。

30代くらいのその女性はファーストネームを名乗り、先ほど僕らが登録した内容について、検査前の最終確認を1人ずつさせてくださいね、と丁寧かつ朗らかに言った。マスク越しだったが、彼女が感じの良い笑顔を見せてくれたことがわかった。

タブレットを見ながら質問をする彼女に答えながら、傷んでくすんだ金髪のまとめ髪や、ゴーグルの向こうの少し疲れた目元に気づく。こちらが入力ミスをした項目が見つかっても、大丈夫、それを直すための時間ですから気にしないで、と笑顔を崩さない。

寒い日だったし、日は傾きかけていた。固くて冷たいアスファルトの上に立ちっぱなしで、それだけでも疲れるはずだ。医療現場のスタッフの負担の重さはニュースで見聞きしていたが、いざ自分の目で見ると、いっそうその重さが感じられた。

彼女に何か声を掛けたかった

普段、一般の診療所の受付スタッフや小売店の店員が、太々しく愛想のかけらも無いことなんて珍しくないオーストリアで(もちろん感じの良い人も同じくらい沢山いるが)、この非常事態に、この長蛇の列の検査場で、感染の危険に晒されながら、彼女がほほえんでいることが当たり前のことだとは思わない。

彼女の笑顔は、感染に怯える人に安心を与え、検査をスムーズに進め、一つひとつの現場の作業に着実に向き合うことでこのパンデミックに対処する医療関係者のプロ意識の表れだったのかもしれない。触れたら壊れそうなほどに張り詰めた、ぎりぎりの、危険の前線に立って、きっと毎日淡々と仕事をしているのだ。

以上です、質問はありますか?と言う彼女。思わず、僕らのためにハードワークをしてくれてありがとう、と口にした。もっと何か気の利いたことを言えたらよかったのだが。

すると彼女はひるんだように、ほんの一瞬だが明らかに言葉に詰まり、泣きそうな顔をしたように見えた。それから、大丈夫ですよ、ありがとう、とさっきの笑顔を取り戻し、引き続き検査を待つ僕らに、グッドラック、と言って颯爽と次の車へと向かっていった。

検査はあっという間だった

検査が終わった時点で、滞在時間の合計は1時間15分だった。やはり2時間はかからなかった。

検査を実施してくれた医療従事者は家族一人ひとり別の人だったが全員女性で、検査会場のスタッフには全体的に女性が多かった。

僕の検査をしてくれた人は、40代くらいで、堂々と落ち着いた、経験豊富な医療者という安定感のある人だった。子供が3人くらいいるような肝っ玉母さんを思わせた。PCR検査が初めてだと告白すると、大丈夫よ、すぐ終わっちゃうから、ほら、上手上手、といった具合に、やはり終始明るい雰囲気を作ってくれた。医療現場の人たちの偉大さに、ひたすら頭の下がる思いだった。

1日半後にスマートフォンに届いた結果は陰性で、家にこもって大人しくしていた僕ら家族はホッと胸を撫で下ろした。

医療者へのサポートは足りているのか

パンデミックだ、ロックダウンだ、と動揺しストレスを抱える僕ら一般市民は、そうはいっても自分の心配ばかりだ。買い物に行ける距離が制限された、友達に会えない、家にいてばかりで飽きてしまう、と。

エッセンシャルワーカーと呼ばれる基幹産業の労働者の中でも、医療関係者の心身の負担の大きさは計り知れない。医師や看護師、アシスタント、療法士、検査技師の他、受付や清掃、警備のスタッフなども、他の業界より高い感染リスクを承知で働いている。彼らもまた、家族を持ち、生活を持つ人々だ。

彼らが職務を放棄したら、パンデミック下で社会情勢は悪化する。彼らの職業的なプロ意識や使命感に、僕らはただ頼ってぶら下がっているだけにすぎない。

昨年2020年末のシドニー名物の大晦日の花火大会では、州政府の決定で、フロントラインワーカー(医療などの前線で働く人)に、花火見物の特等席が与えられる予定だった。ところが、土壇場で新型コロナウイルスの感染が一部地域で広がり、「今年の花火はテレビで観賞」の方針に切り替わり、特等席もなくなった。

しかし、フロントラインワーカーと呼ばれる人たちが欲しいのは、本当にそんなものだろうか? 必要なのは、彼らの仕事をサポートする仕組みを整えることに加え、彼らの仕事の価値をいつも以上に高く評価し、それに見合う対価を提供することではないのか? 彼ら自身の声を、政府やメディアはもっと取り上げる必要がある。

検査会場で、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった彼女が「本当に言いたかったこと」があるとしたら、僕らはその言葉にもっと耳を傾けなくてはいけないはずだ。


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