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百合短編:あ~あ

(あ~あ……)

「彼氏にムカついたから話を聞いて」と睦美から電話がかかってきたのが、夜の0時頃。電話口からとんでもなく酔っ払った大声が聞こえたため、光希はすぐにスピーカーに切り替えてスマホを床に置いた。
 今は風呂あがりの濡れた髪をドライヤーで乾かしながら、少し遠くから聞こえる睦美の話に相槌をうったり、時々無視したりしている。

「ねぇ~、光希ってば! ちゃんとあたしの話聞いてる~!?」
「うん、聞いてるよ。彼氏の誕生日にペアのマグカップをプレゼントしたら……」
「いらないって断られたの! お前とは本当に趣味が合わないなって言われたし、ひどくない!? 桜の柄で、めちゃくちゃ可愛いのに~!」
「……そうだね、ひどいねぇ。でも、睦美がいつも自分と趣味の合わない人を好きになるのも、原因だと思うけどなぁ」
「えぇっ!? これ、あたしが悪いの……!?」
「悪いというか……うーん……」

 光希は苦笑いで相槌をうちながら、睦美の声が更に大きくなったことが気になりスマホの音量を下げた。それでも十分なボリュームで声が聞こえてくるのだから、素直にスマホを耳に添えていたら鼓膜に大ダメージを与えられていたに違いない。

「あっ、それでね! 今、部屋にペアのマグカップがあるんだけど……二つあっても困るから、片方光希にあげるよ」
「えっ、私に?」
「うん! だって、光希は桜の柄好きだったよね」
「……そうだね、ありがとう」

 睦美は一方的に大声を出しているから何も気付いていないのだ。
 光希の相槌がいつもより小さいことも、苦笑いが震えていることも、それは全て彼女が嫉妬を隠そうとしているからだということも。

 桜は、三月生まれの光希が大好きな花。睦美も、それを知っている。きっと光希が最初にマグカップを貰っていたら、心から大喜びする様子を見せられただろうに、睦美は趣味の合わない彼氏に渡そうとしてしまった。

(あ~あ……)

 電話口から聞こえる大声に掻き消される、光希の溜め息。それは、夜遅く突然かかってきた愚痴電話や、光希の想いに気づかない睦美が原因ではない。
 結局、彼氏の代わりに貰うことになったマグカップも、悲しいくらい喜んでしまいそうな自分に対しての溜め息だった。

(本当に、あ~あ……だなぁ)


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※みんなのフォトギャラリーから素敵な写真をお借りしました。ありがとうございます。


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