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短編:ハルとフユ

 きつねのハルちゃんは、明るく元気な男の子です。ふわふわ柔らかいしっぽは、お母さんきつねのツヤのある落ち着いた色合いの毛並みとは違い、太陽の光のようにピカピカと元気な黄色。春生まれの自分にぴったりだ、とハルちゃんの自慢なのです。

 そんなハルちゃんの弱点は寒さです。夏がすぎて秋が来て、じわじわと近づく冬の予感に、朝起きては体を震わせてしょんぼりとするハルちゃん。外が寒くなってくると、太陽が空の一番高い場所にのぼるまで寝床から出てこなくなるほどです。

 毎年冬になると元気がなくなり大人しくなっていくハルちゃんを見て、お母さんきつねも心配しています。ある夜、お母さんきつねが冬の夜空にハルちゃんが元気になるようにお祈りすると、その願いごとを冬の星が聞いていました。


 夢の中、ハルちゃんを呼ぶ声がします。

「おーい、ハルちゃん。おーい、おーい」
「……誰?」

 あくびをしながら目を開けたハルちゃんが、自分を抱きしめるように眠っているお母さんきつねから離れて、ふらふらとした足取りで声の元へ向かいます。寝床を出て棲み処の入り口から顔を出すと、ハルちゃんと同じくらいの体つきのきつねが立っていました。白く美しい毛並みが、月の光に照らされてキラキラと輝いています。

 思わず見とれたハルちゃんの口から、白い息がふわりと夜の空気に広がりました。外はとても寒いのです。ハルちゃんはぶるりと体を震わせて、突然現れたお客様に声をかけました。

「ぼくを呼んでいたのは、きみ?」
「そうだよ。こんばんは、ハルちゃん」
「こんばんは。えっと、きみは誰なの?」
「冬だよ」
「フユ……ちゃん? それがきみの名前?」
「……うん、そうだよ! ハルちゃんに、元気になってもらいたくて会いに来たんだ」

 冬と名乗った白きつねは、嬉しそうにハルちゃんに近づくと、そっと手を握りました。ふわりと柔らかい感触と一緒に、肌を刺すような冷たさを感じて、ハルちゃんは驚きました。

「ねぇ、どうしてこんなに冷えてるの? 風邪をひくよ、ぼくの家の中に入りなよ」
「ありがとう。でも家の奥には行かないで、夜空が見える場所にいたい。だからこの入り口の近くでお話ししようよ」
「う、うん……別にいいけど……」

 奥の寝床はあたたかいけれど、棲み処の入り口は夜になるととても寒いのです。ハルちゃんが体を震わせると、フユちゃんが優しい表情を浮かべて体をぴったりとくっつけてきました。繋いだ手は冷えていたけれど、触れ合った肌は少しずつあたたかくなっていきます。

「ハルちゃんの毛並みはフワフワしていて気持ちいいね」
「ありがとう。フユちゃんの毛並みも気持ちいいよ。ツヤツヤしていてきれいだね」

 きつねは毛並みの褒め合いをして、友達を作ります。フユちゃんの毛並みは、ハルちゃんのお母さんきつねの毛並みに似ていました。ただ、色合いだけは違います。ツヤツヤとした毛並みの感触は慣れ親しんだものなのに、フユちゃんの体は真っ白で、雪のような色をしています。

「……きれいな白だなぁ」

 ハルちゃんは、無意識に思ったことを口に出していました。素直な褒め言葉に、フユちゃんが嬉しそうに笑います。

「あのね、白は冬の色なんだよ。一年の始まりの白、雪の白、氷の白、吐息の白、冬の真っ黒な夜空に映える……星の白」
「へぇ……いろんな白色があるんだね。どれも……」

「冷たそうだけど」と言いかけたハルちゃんでしたが、今隣にいるフユちゃんの体があたたかくて、そっと言葉を飲み込みました。

「ふふっ、そうだよ。冬は寒いから、あたたかいんだよ」
「どういうこと?」
「寒いからこそ、相手のぬくもりを大切に思えるんだよ。だからね、寒い冬を嫌わないでほしい。寒いからこそ、感じる想いを楽しんでほしいんだよ」
「寒いからこそ……感じる想い……」

 ハルちゃんはフユちゃんの言葉を自分の中でかみ砕きながら、考えます。じっとフユちゃんの顔を見つめると、瞳の色が黄色いことに気づきました。太陽の光のようなハルちゃんの毛並みの色に似ています。

「ハルちゃん、冬を嫌いにならないでね。冬は、自分の次に春がくるのを待ってるんだよ。春が大好きなんだよ。あたたかい春がいるから、冬は寒くいられるんだよ」

 白い冬の色をまとったフユちゃんが、ハルちゃんの目を見つめ返します。黄色は春の色。冬は春が好き。寒いからこそ、感じる想い。かみ砕いた言葉を何度も頭の中で聞き直していると、ハルちゃんの胸がポカポカしてきました。

「冬を好きになる方法、教えてくれてありがとう。やっぱり冬は寒い……とは思ってしまうけど、もう嫌いじゃないよ」
「よかった!」

 フユちゃんの嬉しそうな声が聞こえた瞬間、ハルちゃんはぎゅっと強く体を抱きしめられていました。やっぱり触れ合う最初は冷たいけれど、ぎゅっとしているうちにあたたかくなっていきます。ハルちゃんは目を閉じて、そのぬくもりを堪能しました。そして再び目を開けると、フユちゃんがいなくなっています。


「フユちゃん……? どこ?」

 ハルちゃんは棲み処の入り口で一人きり。いつの間にか雪が降り始めたようで、隙間からふわりと冬の欠片が入り込み、ハルちゃんの鼻の上に落ちました。冷たいと思ったのは一瞬で、雪の結晶はすぐにじわりと溶けてしまいます。

「寒いからこそ、感じる想い……」

 ずっと苦手だった冬の寒さも、不思議な出会いをしたフユちゃんを想うと、どこか懐かしく愛おしく思えます。ハルちゃんは、いつの間にか冬を好きになっていました。

 ハルちゃんはしばらく雪の夜空を眺めた後、静かに寝床に戻って穏やかに眠るお母さんきつねの隣に横になりました。寒い冬の間は、いつもはお母さんきつねに抱きしめられて眠っていますが、今日はハルちゃんから抱きしめるようにぎゅっと腕を回します。

「春や夏は、あたたかいからこんな寝方はしないや。冬だからこそ、できる寝方なんだね。えへへ……あたたかくて幸せな気分だなぁ」

 お母さんきつねの胸元に頬を擦り付け、嬉しそうに目を閉じるハルちゃん。そんなハルちゃんの言葉を聞いて喜ぶように、冬の夜空でひときわ映える白い星が、キラキラと輝いていました。


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※みんなのフォトギャラリーから素敵な画像をお借りしました。ありがとうございます。

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