見出し画像

短編:九月二十六日のタイムカプセル

九月二十六日。
秋分の日も過ぎたというのに、夏の間と変わらない眩しい日差しがアスファルトを照らしている。高校一年生の九条天馬と二宮蓮は、額に滲む汗を拭いながら自転車を走らせた。

「あっついなぁ! 蓮さぁ、いま何月だっけ?」
「九月だよ九月。僕なんて、まだ夏休みの頃と同じ服を着てるよ!」

厳しい残暑に文句を言いつつ、幼馴染の二人は楽しそうに笑いあう。
今から二人は、小学校入学前に埋めたタイムカプセルを掘り起こしに行く。なぜ今日掘り起こすことに決めたか、今の自分たちは覚えていない。恐らくその理由は、タイムカプセルに入れた物を見れば思い出せるだろう。一体何を埋めたのか、それはもう楽しみにしていたのだが――

自転車から降りた二人は、目の前の光景を呆然と見つめた。昔、空き地だった場所に立派な家が建っている。まだ新築のようで、屋根も壁もピカピカしていた。表札には『六嶋』と書いてある。

「い、家が建ったなんて知らなかった!」
「小学生の頃は、いつも空き地で遊んでたけど、中学生になってからはあまり来なくなったからなぁ……残念だねぇ」

膝から崩れ落ちそうな天馬を見て、蓮が慰めるように背中を軽く叩く。家ができたのなら今更どうしようもないと、蓮はすぐに諦めがついた。しかし、天馬は違うようだ。天馬は自転車を道の端に置くと、インターホンを押そうと誰が住んでいるかも知らない家に近づいた。

「庭に埋まってるかもしれない。タイムカプセルの話をして、掘り起こさせてもらおう」
「そんなこと急に言われても困るでしょ!」
「でもさ、何を埋めたのかとか、どうして今日タイムカプセルを掘り起こす日に決めたのかとか、気になるじゃんか! それに……」と天馬が眉を八の字にして悲しそうな顔をする。

「蓮とは高校が別で、今日だって久々に会ったのにさ……こんな残念な結果で終わるのは嫌だ」

普段明るい天馬の弱々しい声に、蓮も困ったように眉尻を下げる。どうしたものかと考えていると、ドアが開く音が聞こえた。インターホンは、まだ押していない。二人が慌てて顔を向けると、同年代に見える女の子が怪訝な顔をして立っていた。

「あの……うちに何か用でも?」
「すみません! うるさかったですよね……!」

家の奥から、犬の声が聞こえる。警戒されているのだろう。蓮は謝ったが、天馬は臆することなく一歩前に出た。蓮が止める前に、口を開く。

「俺たち、この家が建つ前にあった空き地にタイムカプセルを埋めたんです! それをとりに来ました!」

女の子が首をかしげる。天馬に代わって蓮が詳しく説明しようとすると、女の子はハッと目を見開いて頭を下げた。

「ごめんなさい! そのタイムカプセル、たぶん私が掘り起こしちゃいました」
「えっ?」
「ちょっと待っててください……!」

女の子は慌てた様子で一度家の中に戻り、年季の入った缶を持って帰ってきた。

「お待たせしました……! これ、タイムカプセルじゃないですか? 私というか、庭で遊んでいた犬が掘り起こしちゃったんです」
「あぁ……なるほど犬が」
「それより、蓮! 俺がタイムカプセル受け取っていいか?」
「うん、天馬が開けていいよ」

天馬が嬉しそうに女の子に駆け寄る。女の子はタイムカプセルを渡しながら、二人の顔を食い入るように見ていた。

「名前を聞いてもしかしてって思ったんですけど、私たち幼稚園の時に同じクラスじゃなかったですか?」
「えっ? 君の名前は……」
「紅葉です! 六嶋紅葉。小学校に上がる前に引っ越したんですけど、最近帰って来たんです」
「もみじちゃん……あぁ! 思い出した!」
「昔、いっぱい遊んだよね! 懐かしい!」
「えっ、高校は? 転校してきたの?」
「ここからでも通える距離なんだよ~」

蓮は話しながら自分の頬が熱くなっていくのがわかった。目の前で楽しそうに話す紅葉は美しく成長しており、三人でやんちゃに遊んでいた頃の姿と重ならない。目を見て話すこともできず、タイムカプセルを開けた天馬へ目を向けると、なぜか彼も顔を赤くしていた。

「俺、こんなこと書いたっけ……」
「どうしたの?」

蓮が天馬の手元を隣からのぞき込むと、幼い子供の字で綴られたラブレターがあった。理解した瞬間、蓮も全てを思い出す。自分たちは、引っ越した紅葉を想って書いたラブレターをタイムカプセルに入れたのだ。

「……っ、あぁ……そういうことか」

空き地は、三人でよく遊んだ場所だった。今年掘り起こそうと決めていたのは、元々高校生になったら紅葉が帰ってくると聞いていたのかもしれない。そして九月二十六日は、『九』条と『二』宮と『六』嶋の日。

タイムカプセルに封じ込めた初恋が、色鮮やかに蘇る。

高校生になってから、天馬と蓮は会う機会が減っていた。勉強や部活やバイトなど理由はたくさんあるが――これからは三人で会うために、がむしゃらになって時間を作ることになりそうだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?