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ショートショート:渋谷のシンデレラ

 渋谷で出会った王子様を、ずっと探している。

 ハロウィンの夜だった。慣れない人混みで酔った私が道の端で休憩していると、突然声をかけられた。

「体調が悪いんですか?」

 ハスキーな声。王子様のような金髪のウィッグに街灯が反射して、キラキラと光って見えた。見惚れた私はすぐに返事ができず、王子様が少し困ったように首をかしげたことを覚えている。私よりも背が高いのに、表情が幼くて可愛い。小声で人酔いしたことを伝えると、王子様はなぜか流行りの曲を口ずさみ始めた。

「人酔いした時は、好きな曲を歌うと気が紛れていいですよ」

 堂々とした歌声だ。目を閉じて聞き入ると、王子様の言うとおり私の気分は落ちついてきて――ふと、スマホの着信音が聞こえた。

「すみません。もう時間だから帰らないと」
「えっ、あっ……歌ってくれてありがとう!」

 王子様のスマホが鳴り、慌てて帰っていく背中を見送る。連絡先を聞いておけばよかったと思ったのは、数分後のことだった。


 妙に歌い慣れた様子だったため、もしかして、と歌声を頼りにSNSや動画サイトで探したが見つからない。それでも検索し続けたある日、SNSで話題の『渋谷のシンデレラ』を知った。高校を卒業したばかりの女の子で、最近渋谷でスカウトされたという。写真の顔に見覚えがあった。王子様だ。

 更に詳しく調べると、王子様は元々地元では知る人ぞ知る歌の上手な女子高生で、親の許しを得て、一度渋谷のハロウィンに時間制限付きで参加したことがあるという。

 男の子だと思っていたため見つからなかったのだろう。しかし残念だとは思わない。私はシンデレラの今後の予定を確認して、近々オンラインライブがあることを知った。

「……いつかライブ会場にも行きたいから、人混みに慣れないとなぁ」

 渋谷で出会った王子様は、みんなのシンデレラになって帰ってきた。私を癒したあの歌声を再び聞けるなら、それだけで充分だ。


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お題「渋谷」で書いた話です。

※みんなのフォトギャラリーから素敵な画像をお借りしました。ありがとうございます。

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