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毎晩7時、一緒に注射に立ち向かう

わたし達夫婦が子どもを持つに至らない理由はわかっていない。
これまで検査や検診では夫にもわたしにもこれといった問題は見つかっていないので、原因不明不妊症だ。

ふたりでずいぶん話して結婚して早々に医者にかかった。30代前半と早かったのはいい判断だったと思う。夫はすんなりと病院を受け入れ、コロナが広がる前には内診にも立ち会っていた。

日本と違い、患者と医者の間の目隠しカーテンがないので、わたしが足をバーンと広げてグリグリ内診されるのも何度も目の当たりにしている。ずっと平静だったように見えた。もしかしたら抵抗があったかもしれないけど「えっ俺も行くの?」とか「俺は大丈夫だから精子は調べたくない」とかグダグダ言わないのがとても嬉しかった。それだけで彼と結婚してよかったと思える。

治療のことを勉強するのはわたしで夫はわたしからレクチャーを受けるという感じだけど、それはまぁ仕方がない。医者と話すのはわたしなので、わたしが理解して納得しないといけない。自分の身体のことだしね。

意識としては足並みを合わせてはいるもの、実務はわたしがリードしていた関係が、治療が進んでちょっと形を変えた。

採卵後、黄体ホルモンの補充のため、腰への筋肉注射がはじまった。

これまでお腹に打っていた注射とは違って、上半身をひねってお尻〜腰の辺りに毎晩左右交互に打たなければいけない。説明ビデオでは自分で打ってるし、お腹への注射と同様に自分でやろうと思っていたけど、これがどうにも難しかった。身体が硬いからなのか絶妙に力を入れづらい。加えて薬がオイルに溶けていて(セサミオイルとあるので、つまりごま油…?)細い針を全然通って行かない。ものすごく力がいる。初日からお手上げで、夫を召喚するしかなかった。

それから毎晩7時は共同作業の時間になった。
まず夫が、前日までの痕を避けて今日の注射箇所に水性マーカーで丸を書く。
わたしはそこを消毒したあと薬をシリンジに吸い込み、細い針に付け替えて、鏡を見ながら針を刺す。
最後に薬を注入するのは夫の担当だ。

夫は注射が苦手だ。自分が注射担当になるなんて思ってもいなかっただろう。内心では「ヒーーーー」と叫びながらやっていると思う。変な姿勢で、しかも結構な力を込めて時間をかけないと薬が入っていかないので、毎晩緊張しているのを肌で感じる。

初日の晩、注射が終わって、怒るかもしれないけどと前置きしてから彼に「なんかこれまでで一番、一緒に乗り越えたって感じが物凄くあるね」と言ったら「ほんとにその通りだ」と笑っていた。この人のこと愛してるなーと素直に思った。ものすごく嬉しかった。

注射は嫌いだし、そもそも治療なんてやらずに済めば一番いい。だけど、不妊治療で一緒に傷ついて乗り越えて、私たちは一緒にいることを喜べている。この先子どもができるかはわからないけど、これだけでこの人と結婚してよかったなと思っているわたしがいる。

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