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サッカーで進路を決めた話。

どなたかの記事で背中を押されたので、完成度が高くないかもですが…。今回はキャリアの中でも、進学について私の思いを綴ってみました。
私のことは下のページも読んでみてください。
そこまで大したこと書いてませんが、どこで生まれてどこでサッカーしてきたかくらいは、わかります。

◆県外進出を考えるまで

15歳までは生まれた香川県で過ごしました。
プロサッカー選手に憧れ、目指そうと心に決めるものの、なかなか自分の進路のイメージが湧くことなく、地元でなんとなく公立高校に行って勉強も頑張りながらも、なんだかんだでサッカーから離れるんだろうなぁって思ってました。

Jr.ユース時代に所属のチームは当時、県内はおろか四国地域でもベスト4には残れるくらいの力もあり、自身の実力値よりも遥か上のステージでプレーさせてもらってました。
案外、全国的にも通用するのかな?なんて思ったこともあります。


そんな甘い気持ちは中3夏、進路を決める大事な時期に大きく打ち砕かれます。


中2の時、四国の選抜制のトレーニングキャンプに招集いただいた縁から、関西の某ユースチームのセレクションに推薦をもらい、参加しました。
初のセレクション参加が、まさかの思ってもいなかったJリーグチーム。甘い気持ちと実力不足、緊張でさらにパフォーマンスは最悪。もちろん不合格。
実力を思い知らされました。

こんなんじゃプロサッカー選手なんて夢のまた夢やんって心の底から思うと同時に、本気で目指したい気持ちが湧いてきました。
多方面から実力者が集まり、全国的にも強豪校が集う県外のチームに進学して自分を磨かないと、プロサッカー選手なんてなれっこない!と思い、受験勉強して県内進学から一転、サッカーで進学を目指すことを決意したのです。夢を夢で終わらせたくない。ただそれだけでした。

それからは時期的な問題もあり、2〜3校の練習に混ぜてもらい、最終的には兵庫県の高校に受け入れていただきました。

◆アンテナを張り己を知る
セレクションでの悪夢を見るまで、私はアンテナがとにかく低かったなぁと反省してます。
同じ歳の人たちで、全国にはこんなにもレベルがかけ離れていることを思い知らされたのですから。
私自身、所属のJr.ユースでは入団当初はGK同期4人の3〜4番手。3年生の夏頃にはAチームでGK2人ローテみたいな感じの準レギュラーまで来ていたので、自分のこれまでの頑張りにはそこそこ自信ありました。
いや、めちゃくちゃ自信持ってました。
外の世界に目をやることで、それはとんだ過信であることに気付かされるのです。
今ではインターネットの普及がさらに加速し、どこでも誰でも情報を収集できます。自主練1つとっても簡単に情報をより簡単に集められるようになりました。
アンテナを昨日より少し高く張るだけで様々な有益な情報を手にすることができます。
自身を取り巻く環境の外の情報を取ってみてください。変化を感じられるでしょう。

◆最も伝えたいこと

その中で最も大切なのは、自分の目で確かめること。
当たり前ですが最も大切です。
観戦しに行くのも大切。
自分の進路であれば、積極的に色んなチームと関わる機会を増やしてほしいと思います。
練習試合、遠征、練習参加、、
君じゃ無理だ。と言われても諦めないでください。
指導者、親御さんはできるだけ否定しないであげてください。
私がサッカー進学を実行できたのは、他の誰でもない家族、指導者の方々の後押しがあったからです。
決して出れそうだからとかじゃなく、頑張った結果出れなくてもいいやん、挑戦しておいで。と。

結果的に進んだ道で試合に出られなくなって構わない。上を目指したい気持ちがある以上、挑戦することに無意味なことはないと思います。

これから進路を考え始める方々、そんな我が子や教え子を抱える方々の背中を押せたらなと思い、今回はこの辺にしときます。

1人でも多くの人が夢を叶えられますように。
また覗きに来てください。それでは。

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