踏切

関西のおばちゃんの話、今日は、第3夜、最終夜、である。

今夜も実話だが、記憶が少し曖昧なところも、ある。だが、一字一句とは言わないが、ほぼ、会話については、当時をある程度以上、正確に、再現したつもりである。私は、つまらないことは、本当に、よく、覚えている。でも、それが、100%ではないことは、まあ、お許し願いたい。



高校生の頃の、ある雨の日だった。電車が来ようとしていた。遮断機は、斜交いに、互い違いに、降りる。そして、もう、閉まろうとしていた。

当時、私は、その駅のすぐ近くの踏切は、電車の動きがよく見えるので、遮断機が降りようとしているあいだに、ゆっくりと、渡ることにしていた。

当然、警報器は、カンカン鳴っている。常識的にも危険だから、そんなことは、やってはいけない。みんなが慌てて、走って渡るところを、でも、そこを、敢えて走らず、ゆっくりと、堂々と、渡るのが、常だった。昔の、悪ガキのときの癖が、なかなか、抜けていなかった。

そんな私だったが、その雨の日は、少し、いつもと違う経験をした。


話を戻そう。

ある雨の日、警報器が鳴っていて、今、遮断機が下りた。だが、まだ、渡れる。

普段は、左右の遮断機の切れ目を、少し、片方の遮断機を押して、隙間をすり抜けていく。だが、ちょっと、タイミングも遅かったので、左側の遮断機の根元の方を、ゆっくりと、またいだ。

またいだ瞬間、遮断機が、何故か、ぐっと持ち上がり、私の股に、ガンと、跳ね上がってきた。一瞬、何が起こったのか、理解が出来ず、その、遮断機の棒の先を、振り返ると、そこに、関西のおばちゃんが、しゃがんで、いた。

おばちゃんは、しゃがんで、何をしようとしているかというと、遮断機を、あげて、くぐろうとしていたのだ。

私は、その遮断機を、またいでいる。おばちゃんは、その遮断機をくぐろうと、上に押し上げている。

雨の中、傘をさして、2人で、相反することを、しようとしていたのである。


おばちゃんは、さしている傘で死角になって、私の行為を確認できないでいるようだった。

そして、ますます、力を入れて、グングン、棒を、押し上げてくる。


当然、棒は、雨に濡れているから、私の股の辺りは、すでに、濡れている。


心の中の、リトルkojuro(注1)が、少し怒りながら、つぶやいた。

おいおい。おばちゃん、痛いし、濡れるし。

やめてよ。


あまりにしつこくあげようとしているので、私は、たまらず、おばちゃんに、声をかけた。


おばちゃん、おばちゃん!


すると、ようやく、おばちゃんが、傘をずらして、私を確認した。

そして、私に、言った。


あんた、なんで、またいでんねん!

じゃま、せんとって!


そして、あろうことか、さらに、グイグイと、棒を、押し上げてくる。


おばちゃんの押し上げ力が勝つか、私の我慢が勝つか。


心の中の、リトルkojuroが、冷静に、つぶやいた。

コジ、ここは、負けるが、勝ちだよ。


と、言うが早いか、私は、断念して、またぐのをやめた。


すると、おばちゃんは、遮断機の棒を勢いよく上げ過ぎて、跳ね返りの棒で、頭を軽く、打った。


痛いなぁ、ほんまに!

あんたのせいや!

おばちゃんは、私を睨みつけたが、私は、知らんぷりをした。


私も、おばちゃんも、いらぬ競り合いをしている間に、列車がホームを発車し、もう、おばちゃんも、私も、踏み切りを渡ることは、叶わなかった。


遮断機が下りているあいだ、私は、知らんぷりを決め込んで、おばちゃんを無視していたが、おばちゃんは、ずっと、私に向かって、文句を言い続けているようだった。


心の中の、リトルkojuroが、ボソッとつぶやいた。

神戸にも、強烈な、関西のおばちゃんが、いるもんだな。


ほどなく、列車が通り過ぎ、遮断機が、上がった。

今度は、大手を振って、踏み切りを、渡ることができる。


そして、渡ろうとしたときだった。おばちゃんが、こちらに歩み寄り、至近距離から、私に、こう、言い捨てた。


ええか、あんたなぁ、今度から、棒は、またぐんやなくて、上に上げて、わたりい!


心の中の、リトルkojuroが、笑いのこもったあきれ顔で、ツッコんだ。

おばちゃんのこだわりは、そこかいっ!


そもそも、遮断機が下りてきているのに、渡ろうとするのが、間違っているのだよ。

私は、そう、言い返したかった。


踏切の、私の、数メートル先には、背の低い、そのおばちゃんの、ちょっと寂しそうな、小さな背中が見えた。


悪ガキの私は、決して、改心したわけではないのだが、もう、その後、警報器が鳴り出したら、踏切は、渡らず、止まるようになった。


同じように、横断歩道も、赤が点滅し始めたら、無理せず、止まるように、なった。

なんだか、ルールを破るのが、バカバカしくなったのである。


おばちゃんのおかげで、私は、交通事故や、危ない目に遭うことは、今まで、ほとんど、無く、無事に過ごすことができた。




今になって、思うのである。

あの、関西のおばちゃんは、ひょっとしたら、踏切の神様だったのではないだろうか、と。



(注1)心の中の、リトルkojuroは、昔から、心の中に、いた。私の、本心でもあり、陰の、相談役でもある。まだ、noteの世界では、去年の夏頃から登場した。この頃は、正確には、リトルkojuroという呼び名では、なかった。だが、便宜上、リトルkojuroの、名前で、登場してもらった。



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