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シール

私の家内は、クーポンが大好きなのである。中でも無料クーポンには目がない。そこにこそ、家内にとっての、いわば人生をかけた、こだわりポイントが存在する。

7月の中旬に、無料クーポンを商品と交換することを忘れてしまうという失態を、私は演じてしまった。しかも、レジで並び、カウンターに商品を置き、会計を確認するところまでしっかりと覚えておきながら、レジ袋有料化に撹乱され、動揺からクーポンの提示を逃してしまうという、考えられない失態だ。

その事実を、ともすれば隠蔽できるかも知れないという浅はかな期待を抱いた。逃げおおせようとしようとしたものの、観念して翌日日曜日の夜に家内に告白し、ひととき許された。が、案の定、残りの期限前のクーポンの完全消化を指示された瞬間、さらに重い宿題となって心に刻まれたのであった。

我が家では、無料クーポンを獲得しておきながら見す見す商品交換を逃そうものならば、無事で済むかどうかは、もはや定かではないのである。

いささか大げさに書いた。無論、暴力はあり得ないし、たいていの場合暴言も無い。ただ、言い方が妙に穏やかなだけに、それがかえって著しく私の自尊心を傷つけることになるのだ。

言われたように、きちんと無料クーポンを消化しようということで、その週末、すべてを一気に使い切った。そして獲得した商品の記念写真を撮って家内に喜び勇んで報告をした。すると、

ふーん。

私のスマホの中の写真を一瞥してから

あのさぁ。これは?

家内の人差し指が写真の中のおにぎりを指している。よくよく見ると、そこにはシールが貼ってあった。「5%付与」の文字が見える。

ん?何がおかしい?なるべく安いものを選んだんだ。文句はあるまい……。

ん?…… おーっと!!!

スマホの画面からゆっくり、恐る恐る家内の顔に視線を上げていくと、家内は勝ち誇ったような満面の微笑みを湛えていた。

そして、優しく幼児に諭すように非常にゆっくり、ひとことひとこと、私に語りかけるのである。

使ったのは、むりょークーポンだよねぇ。

ちゃんと新しいのをもらえるのに、わっざわざ安い古〜い おにぎりを 選ぶことは、無いよねぇ〜。

画竜点睛を欠くとはこのことだ。本当に自分で自分が許せない。情けない……。悔しい……。

いつか誰かに、私の心の青アザを見てもらいたいものだと、その時、心の奥底の底の方で、思った。


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