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しゃべるピアノ【ショートショートnote杯①】

幸太朗が椅子に座る。会場が、しんと静まり返った。

「おい、やるならば、ちゃんとやれよ。」

幸太朗は、耳を疑った。誰かの声が、突然、聞こえてきたのだ。人は、側にはいなかった。

ギクっとしたが、気を取り直して、もう一度しっかりと椅子に座る。

「さっきの子は、今までで最高だったな。弾かれてて心地よかった。あの子が今日の優勝だと思うよ。君次第だけれど。」

幸太朗は、まだ若いが、落ち着いた心持ちの青年である。そして、人智の及ばないことが、まだまだ山ほどあることも承知していた。今の状況を、瞬時に飲み込んだのだ。

咄嗟に、こう、小さな声で語りかけながら、鍵盤に軽く手をかけた。

「じゃあ、いくよ。最高の演奏をしてみせるから。」


幸太朗は、割れんばかりの拍手喝采に包まれた。


「準優勝か。残念だったな。」

「いや。上出来だった。ありがとう。」

幸太朗が花束と賞状をピアノの上におくと、ピアノはこう言った。

「そうか。待ってるよ。次は、きっと、優勝だな。」


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