図書館での力関係は本>>>>人間

・読みたい本を全部買ってると破産するので図書館を利用する。
・読みたい本が絶版で電子版も売ってないので図書館を利用する。
・書店オススメベストセラー以外の本を眺めたいので図書館を利用する。

本の虫を名乗る訳ではないが、そこそこ図書館を利用する方だ。私が図書館に求めるのは主に、
・静かさ
・アクセス性
・堅牢性
この3つだ。

家の近くに静かで大きい図書館がほしい。私と職員さん以外の人はいない方が理想的だが、あまり排他主義になりすぎるのはよくない。「静かさ」という単語にその思いを込めた。
そして災害対策も大切。大地震が起きても本が落ちてこない、それが人にとっても本にとっても良い。落下した数万冊の本を元に戻す作業は腰がぶっ壊れそう。

本を守るために、全体的に薄暗く、最適な温度湿度が好ましい。地震対策に有効かどうかは要検証だが、集密書架が好きだ。面積あたりの蔵書数も増えるし、あの棚を移動させるのが楽しい。

図書館の建物は人間の利便性よりも本を優先する。本を第一優先……そう、ブックファーストを掲げるべきだ!

イニシアチブがあるのは本。本あっての図書館。本あっての人間だ。
だからデザイン性重視で機能性のことは一切考えられていない昨今のお洒落な図書館など言語道断だ!
…………
……

とはならない。

このnoteは定期的に話題になる「洒落た図書館に物申す系記事」ではない。本にとっての最適、ブックファーストの図書館とはなにか、という問題だ。

本は読まれてこそ。セールだからといって読まねぇ本をkindleで買いまくってる私が言うのはおかしいが、読まれることに意味がある。読書はすべての人に開かれているべきだ。先程私が言った理想の図書館「薄暗い集密書架の図書館」に誰が行くんだ? いや私は行くよ。あなたも行く。でも行かない人は行かない。

こういう図書館に行かない人向けに開かれた図書館があってもいい。
お洒落で、写真映えする図書館。ガラス張りで日光が入り込み、決して本の保存という点では優れていない図書館があってもいい。

図書館に行こうと思わない人を行きたいと思わせる図書館もまた必要だと思う(もちろんデザインに注力すぎて災害対策を怠るのはダメだが)。

アートな図書館で読書中というインテリアピールする写真を撮ってSNSにアップして終わりになるかもしれない。読書好きの人は憤るだろう。

でもそれでいい。

理解できないのにウィトゲンシュタインの論理哲学論考を読んでインテリぶってる私とやってることはほぼ同じだ。

つまり、デザイン重視の図書館もあっていい、無骨な図書館もあっていい。

最悪なのはすべての図書館がなくなること、次点でどちらかの図書館しか残らないことだ。この世界は0か1しか存在しないわけではない。どちらか一方を選べば他方は消えてしまうわけではない。

自身とわかり合えない存在がいることを許容する。最近連呼されすぎて胡散臭くなってきているが、多様性ってそういうことだと思う。

そしてその先に真のブックファーストがあるのだ……。


次に「どんな本を入れるか」という選書問題や、お金の問題が出てくる……。ブックファーストの道のりは果てしなく遠い。

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