見出し画像

ランドマーク(55)

 当初の予定よりもはるかに試験回数は増えていた。理由はもちろん、わたしには知らされない。そう決めたのは父なのか。わたしの身を案じてのことなのか。わたしにはさっぱり分からなかった。だって、父さんとはずっと、わたしがこうなってからずっと、顔を合わせることさえしていない。おそらく向こうはわたしの姿を認めているだろう。わたしが気付かないうちに、一方的に。病室にカメラがあるのか、誰かのARグラスを通じてなのか、それともわたしの寝顔なのか。それは皮肉にも、わたしをさんざん袋叩きにした人々とよく似ていた。視線の非対称性。わたしから彼らは見えないが、彼らからわたしはよく見える。父の視線が優しさに満ちたものであることを、わたしは願うしかなかった。彼らとおなじように、わたしも父の「おもちゃ」でしかなかったら? その考えのとなりにはいつも孤独があった。世界でわたしの理解者はわたしだけ。なんて陳腐な想像だろう。でも、今のわたしには孤独が必要だった。たとえ実際のわたしがちっとも孤独じゃないとしたって、わたしは孤独だと思い込んでいたかった。誰かがどれだけ強くわたしを抱きしめてくれたって、わたしとその誰かは決して混ざり合わない。この体も、この心も。そう思うことでいくらかの安らぎを得られた。あれ、幸せって、一人でも十分なんだ。簡単だった。わたしはわたしで、とっくのとうに完結していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?