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ランドマーク(118)

 大丈夫、だとか、よかった、だとか、ありふれた、わたしにも容易に想像できる言葉を、きっと母さんはわたしにかけるのだろうな。都合よく目覚めて初めに感じたのはそんなことだった。ばらばらになることはなく、連星は互いの軌道をなぞる。わたしは母さんから生まれた。地球から月が生まれたとき、ああ、あれは衛星か、その時もうすでに運命は定まっていて、今に至るまで縛られたまま、重力から逃れられずにいる。何度目だろう。すぐそこにある不都合を覆い隠すみたいに、わたしの意識は突然に途切れる。母さん以外の人間に、できる限りわたしを触れさせたくないかのように。
 
 シーツからわずかに湿った草の匂いがして、わたしはそれを夏の香りだと思うことにした。
 春、夏、秋、どこかにふわりと墜ちて、そしてまたここへ戻ってくる。わたしは誰かに助けられ、生かされる。
 その顔も意図も、好きな季節も知らないままに。わたしはなるべく自由に振舞うふりをして、懸命に与えられた振付を踊るのだ。
 その動きが、刹那に生じた閃きから来るものであるかのように。空の上、もしくは海の底、皮肉にも、この地上に呼吸のしやすい場所はどこにもなかった。
 なにせ、わたしの血は赤くない。

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