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ランドマーク(123)

「鉄道による輸送を実現するためには、貨物よりも列車、列車よりも先に線路が必要だ。その線路はもちろんシームレスじゃない。一本のうどんをひたすらに長く延ばしていくような真似は不可能だ」小野里先生は麺らしき直線をホワイトボードに書いた。いちいちどうでもいい例えを挟むのが、先生の癖だった。

「つまり線路には必ず『繋ぎ目』が生じることになる。さて、ここで一つ質問をしよう」

 どうして教室には二人しかいないのだろう、と思った。時刻は夕方、まだ陽は高く、それでもわずかに傾いたその光が、窓枠と机の脚をすり抜けては格子模様の影を作っていた。

「線路は何でできている」

「鉄、です」一拍だけ置いて、わたしはそう答えた。

「そう。より詳細に言えば、炭素やケイ素なんかが含まれた鋼だ。金属の性質の一つに、熱伝導率の高さがある。フライパンやアイロンがその例だよ。レールに金属が用いられるのは加工の容易さに対する堅牢性の高さに起因するはずだけど、それでも熱が加えられることでレールは膨張し、歪みが生まれてしまう」

 なるほど。「膨張しても大丈夫なように、繋ぎ目の部分に『遊び』を持たせたということですね」

 いいね、と先生は顔を綻ばせた。ホワイトボードに書かれていた直線はいつの間にか、等間隔に区切られた点線になっていた。

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