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ランドマーク(87)

 わたしは自分の身体を運んでいる。重力に従って、位置エネルギーを運動エネルギーへと変換する。音や摩擦で幾分かは失われてしまうから、変換効率が百パーセントに到達することはあり得ない。これはそのまま永久機関の否定を意味する。つまりどうあがいたって、わたしは完璧たり得ないということだ。誰しもがそう。父も母も祖母も、みんなそう。物理法則に縛られ、たくさんの制約の中で生きている。本当の自由は規則により律せられた中でしか存在し得ない、みたいな言葉を聞いたことがある。ほんとうにそうだろうか。そもそもその言葉を発した人間は、束縛のない状態を経験したのだろうか。経験がすべて物を言うとまでは考えないが、机上論だけでものを語る人間を信用する気にもならない。

 まあこんな戯言を言っていられるのもわたしが恵まれている証拠なのだろうな、と結論づけて先を急ぐ。雨はまたもや勢いを増して、豪雨と言っていいほどの強さで地面へエネルギーを放出する。もしわたしが叫んだとしても、この雨にかき消されてしまうだろう。まさに遭難するにはうってつけの環境だった。結局父への弔いは中途半端なまま。わたしはどっちつかずのまま、宇宙から遠ざかっていくのだ。

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