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ランドマーク(78)

 六合目。別の登山道と合流して八合目を目指す。高木は減って(といっても、もともとほとんどないようなものだったが)ハイマツが姿を現しはじめる。黒く湿っていた地面は白みを帯び、大小たくさんの石で覆われている。大部分は角が取れ丸くなっているが、ひときわ大きい石(岩といったほうがいいだろう)の集団はごつごつとした姿でわたしの行く手を塞いでいる。おそらくこれは〈塔〉の崩落に伴って砕けたものだ。〈塔〉の後片付けはしたくせに、この山には登らせないつもりなのか? わたしはすぐにそれが自身の誇大妄想であることに気付く。そもそも入山規制はされていない。つまり、この山には何か見つかって困るようなものは存在しないということだ。〈塔〉に関連する諸々は驚くほど迅速に撤去され、後には痛々しい山肌と空が残った。十年前はここから空に向かってワイヤーが伸びていた。いくら見上げても足りないほど、長く、長く。まるで天と地表が繋ぎ止められたかのよう。天動説の支持者が見たらどう思ったんだろう。

 それが、今は。わたしは頭上を見上げる。雨が顔を打つ。ザックからジャケットとザックカバーを取り出す。空はどこまでも広い。どれだけ雲に覆われていたって、確かにそう感じる。そのときわたしは、唐突にある考えに思い至った。そうか、わたしは、宇宙に行きたかったんだ。数年前のわたし、今とはまったく別の思考回路を持っていたころ。わたしは空に近付きたかった。父が繋ぎ止めた、この空に。

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