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ランドマーク(62)

 おはよう。目覚ましよりも先に瞼をひらいた。目の前がキラキラしていた。なんとなく高揚している。不意に眠りは訪れて、意識のたどり着く先は朝。レースのカーテンを勢いよく開いて、わたしは光を感じる。いつかわたしが大きく変わってしまったなら、この光も必要なくなってしまうんだろうか。深い海にひそむ怪物のように、朝日を神話上の存在として崇めはじめるだろうか。まあ悪くないな。残念なのは、その素敵なわたしの姿を目にするのがクジラの死体とそこに集まる腐肉食の生物くらいだってことだ。世界で一番孤独なかみさま。なってみないとわかんないね、やっぱり。

「おはよう、梛」
「おはよ」
「眠れた?」
「うん」
「昨日の、びっくりした」
「びっくりした?」
「だって急にぶつかってくるんだから」
「ガラス、割れると思った?」
「割れないのは分かってたよ」そう言って母さんはわたしのベッドに腰かけた。
「でも、急だとびっくりする」
「面白い顔してたよ」
「もう」

 母はいつもと変わらない服装だった。白いシャツ、白いネクタイ、白衣、白いスラックス。パンプスまで白い。母さんは薬品をこぼしたことがないんだろうか。汁物も、昼には飲まないのかな。だってそうじゃなきゃ、
「なんでそんなに綺麗な服でいられるの」

「梛に会うためなの」

 そこでわたしは、はっとした。

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