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ランドマーク(90)

 わたしは歩く。歩く。不格好なまま、歩く。落ち武者か水死体か分からない風体で土を踏みしめる。どれだけ痛くたって、生きて帰れば問題ない。直接命に関わるような怪我ではないのだ。ただ関節を痛めただけ。場所と状況が最悪だっただけ。雨は弱まるどころか恐ろしいほどの勢いで頭上に降り注ぐ。洞窟でも見つけて一晩越せないだろうか、そんなことを考えたが、そんなものは周りに見当たらない。この山の周辺に洞窟があるなんて話は聞いたことがなかった。勝手な期待を裏切られ、わたしは落ち込む。落ち込んでいるのか、落ち込みたがっているのか。わたしはもしかすると、足を止める理由を探しているのかもしれない。爆竹のような音をまき散らす雨だれに、わたしの脳内メモリは処理落ちしかける。頭が動かない。その原因がなんなのか考える余裕さえなかった。音、痛み、落胆、羨望、不安、諦念。わたしがせき止めようとすればするほど、それらの信号はとめどなくわたしの脳内を駆けめぐった。思考の停止と身体の前進を同時に行う必要がある。そしてわたしは前につんのめった。上半身を斜面に投げ出すような格好で、身体が一瞬宙に浮く。わたしの背中をアドレナリンが駆けめぐって、それからすぐに、衝撃。

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