見出し画像

ランドマーク(130)

 上り坂も下り坂もない道をおよそ一時間も走れば、登山口に着いた。登ってから一月も経たないうちに、まさかもう一度、ここに来ることになるとは。わずかに緑を残した山は先月、梅雨真っ只中のあの日よりもずっと湿り気を帯びているように見えて、停滞した熱気に吸い込まれるような心地を覚えた。恐ろしいほど風のない日だった。

 自転車をどこに止めるべきか、迷った。いわゆるママチャリで山を登るわけにも行かない。だからといって、人目に付くような場所に残しておくと、防犯登録からARづてにわたしの身元を割られる可能性がある。こんなんで停学、よもや留年まで。学生にも立場というものがあって、一度手に入れてしまうとなかなか手放すことは難しい。ずっと平均台の上を歩いていて、踏み外してしまえばそこは奈落、各々差異はあれど、多くの学生は同じイメージを共有させられてきた。それが教育なのだった。

「あっ」

 遠巻きに封鎖された登山口を眺めていると、舘林と目が合った。というより、舘林がわたしの視界に無理矢理割り込んできたのだった。

「自転車は」

「俺、電車」

「早いね」最寄り駅からここまでは、普通に歩けば五十分はかかる。

「走ってきたんだよ。海良、どうせ来てるだろうと思って」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?