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ランドマーク(126)

「僕だって、立場上あまり大きな声では言えない。でも、だって、不思議には思わないか」

 初夏というには、その日は熱に満ち満ちてしまっていた。わたしは机の脚へ何の気なしに触れようとし、それからすぐに七月の終わりを知った。バーベキューができるほど熱されていたわけではなかった。ひりつくような感覚もなかった。そのぬるま湯のような暖かさこそが、わたしにとっては夏の象徴のように思われた。

「宇宙と軌道を縦方向に繋ぐ輸送経路が『塔』で、この国の内部に張り巡らされた横方向の輸送経路が鉄道だ。それなのに、片方だけ『遊び』が足りない、そんな理由で国家の威信を賭けた大事業が頓挫するなんて、いくらなんでも間抜けすぎる」

 小野里先生はわたしに向き直ってそう言った。わたしは先生の目を見なかった。

「『塔』の建設に、インフラに関連した技術や人員の流用はなかったんでしょうか」視線を移した机の上には、コンパスで引っ掻いたような傷跡があった。そこからは何の意図も汲み取ることは叶わず、しかしその傷跡は、この机をただ一つの存在として知らしめるには十分だった。

「委員会と国土交通省の関係は難解なものだった」

 委員会は国交省の一部所に過ぎなかったが、プロジェクトの進行に伴い、組織の持つ権力は大きくなっていったのだと先生は話した。初期の立ち上げメンバー(つまり、わたしの父)は国交省から配属されていたが、次第に人事を含めた一切は委員会によって取り決められるようになったと。先生の声色は涼しげだった。

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