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ランドマーク(85)

 わたしは雨が目に入ることも厭わず、まっすぐに天を見上げた。空はからっぽ。想像できないほどに大きな、空洞の中にいるみたいだ。国益のために天を貫こうとした父。一人の親としての父。その奇妙な解離に生理的な嫌悪感を覚えた。わたしに限りなく近しい人間の、わたしに見せない顔。父親はいわば役割にすぎず、彼はそれを演じていた。想像が翼をはためかせ、わたしの気分は地に落ちる。

 今では記憶の痕跡をひっそりとたどることしかできないけれど、子どもなりにわたしは父に尊敬の念を抱いていた。確かではないが、そんなイメージだけが残っている。父は象牙の塔に籠もっている。しばしばその窓から顔を出しては、わたしに向かって手を振るのだ。人徳の人。世のため人のため、自分の時間をなげうっては真理を探究しようとする。考えれば考えるほどに、父の輪郭は曖昧になっていった。顔と声、わたしの中で生きる父はそれだけで、あとはぜんぶ張りぼての記憶。

 どうやって弔えばいいんだろう。手を合わせてみようか。何に祈ればいいんだ。かみさま。念仏は唱えた方が良いんだろうか。父はそれを望むだろうか。父の命を奪った神とわたしが祈るべき神が同じなのだとしたら、わたしはいったいどうすればいい?

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