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ランドマーク(83)

 やっとの思いでたどり着いた祠の前に、わたしはくずおれた。目の前にある祠はサッカーボールほどの大きさしかない。雨宿りできるのは土竜か蛙くらいだ。蹴りつけてやりたい衝動をわたしの良心が押さえつける。平均よりも小さなわたしの身体はこの祠にとってあまりにも大きい。わたしはもう笑うしかなかった。声を上げるわけでもなく、涙を流すわけでもない。ほんのわずかに口角を上げ、強く奥歯を噛み締めた。折れるほど、強く、強く。呪詛の言葉は雨に流されてしまったようで、わたしの脳は二の句を告げずにいる。
 でもここなら、稜線沿いよりも安全なはず。ようやくひねり出した結論がそれだ。火口は中心に向かって落ちくぼんでいるから山頂部よりもいくらか標高が低い。なにも遮るものがないとはいえ、ほんのわずかでも気は楽になる。じゃあどうする? ここでこのまま雷が止むまで待とうか。
 視界の右端が青く点滅したのに気付いて、わたしは自分がグラスを掛けていたことを思い出した。そう、予報。二時間、いや三時間は待てる。幸いなことに食糧もある程度は詰め込んできた。ツェルトはないから、さすがに夜を越すのは厳しいだろう。となると日没が限界。さて、予報は。
 明け方まで雷をともなう雨。おみくじは大凶のようだった。

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