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ランドマーク(133)

 登山口から離れるにつれて道幅は次第に広がっていく。未舗装の道にはタイヤ痕がいくつも残っていて、昨晩この山では雨が降っていたことを示していた。なるほど、このむせ返るような熱気はそのせいだったか。

 自転車はどうするべきか、としばし思案した末、このまま木陰に隠しておくことにした。どうせここに戻ってくる。調査会がここにいるのだから、帰りにもう一度顔を拝んでやろう。わたしはサドルをさっとひと撫でしてから、静かにその場所を去った。これなら登録のタグはぜんぶ外しておくべきだったな。

 軽装が幸いして、わたしは他の人間に見つかることなく別の登山口へ辿り着いた。近道を使ったせいもあって、さして時間もかからなかった。かなり都合が良い。調査会の人間は見渡す限りいなかった。物語であればここから浮かれ気分で先の道を急ぎ、中腹で調査会の人間と鉢合わせ、というのがお約束だ。だからといって、わたしは想像の轍を踏むつもりはない。わたしはひとりで道を行く。前回よりも荷物は少ない。遭難どころか、途中でビバーク、なんてのも想定外。ちっぽけな覚悟はいつまで、持つかな。踏みしめた土は柔らかく、わたしの居場所はここだろうと、そう思わせるだけの確かな実感があった。やはり、魅入られている。

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