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「人生の最期、苦しまず、眠るように死にたい」←それが安楽死なんですけど…
「人生の最期、苦しまず、眠るように死にたい」つまり布団に入って、「また明日、おやすみなさい」と言って目を閉じる。そして眠りにつく。そのまま起きることなく人生を終える。
これが多くの人にとって理想の死に方、理想の人生の終わり方なのではないでしょうか。もちろん私もそう考えています。苦痛なく、眠れるという幸せに包まれながら人生を終える。笑顔を浮かべながら…
それを可能にするのが「安楽死」なのです。私が一貫して主張している「安楽死」とは「布団に入りながら痛みなく笑顔を浮かべながら眠りについて人生を終える」ということなのです。
つまり、「安楽死なんかとんでもない!」と主張している人は「苦痛を取り除くなんてとんでもない!痛いよ!痛いよ!助けて!と泣き叫びながら人生を終えるべきだ!」と主張しているということなのです。
悪魔ですね。
「布団に入りながら痛みなく笑顔を浮かべながら眠りについて人生を終える」この実現にはあまりに多くの問題があります。実現に向けての障害は山積みです。それは事実です。その実現は小さな砂粒ほどの希望しかないのかもしれません。しかし、しかし諦めたらそこで。そこまでで。
だから…まずは「安楽死なんかとんでもない!苦痛を取り除くなんてとんでもない!痛いよ!痛いよ!助けて!と泣き叫びながら人生を終えるべきだ!」と主張する悪魔を減らしていきませんか?
みんな自分なりに一生懸命生きてきたのです。他人に「お前の人生なんか一生懸命じゃない」と思われようが基準は自分自身です。日々生きているだけで一生懸命生きているといえるのです。だからこそ、なぜ人生の終わりに苦痛を伴わなければならないのでしょうか?こんなに一生懸命生きてきた仕打ちが「苦痛」ですか?
こんなに一生懸命生きてきた仕打ちが「苦痛」ですか?
安楽死という言葉に反射的に拒否反応を示している方達にはこのことを知っていただきたいのです。悪魔から人間に戻って頂きたいのです。
どうかお願いいたします。
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