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摂食障がいの克服64【脳と現実の差異】

 以前、大学1回生は楽しかったと書いたのですが、それは1年後、全く楽しくない日々が始まりました。

 ものすごい孤独感と、今思えば、軽い鬱、後は本当に今思えば、貧乏。
 もっとバイトするとかがんばればよかったけど、元気(心の)がなかった・・・。
 ちなみに、私は大学生活は人生で一番勉強した時期・・・2番目かなあ(最近取得したFPも、猛勉強)ではあるので、色々さぼっていたわけではないのですが、とにかく、孤独感がひどかったんです。

 そのころ、朝、菓子パンを2種類よく買いに走ってしまって、あれは不思議だけど、やめられなかった。そして、大学にいって、あとお昼とか夜は普通なのですが、体重が、入学時より3キロかなあ、太りました。

 入学時も、高校生のときの40キロからの増加で50キロ以上あったのですが、それから3キロ太ったんです。入学時、普通体型だった自分が、ぶよぶよ(表現が悪いですが、当時を振り返ると、ただの3キロには思えない・・・なんだか、すっごくふくらみました)

 50キロ前半の時と、その太った後では、周りの態度があからさまに変わった。もちろん、友達は変わらないし、何も言わないけれど、外を歩くのが辛かった。新しい人に出会うのが、辛かった。

 それだけでは終わらなかったんです。突然、顔が腫れたんです。それはそれは、今思い出しても、19歳とか、それぐらいの女の子(一応女の子・・・)があれだけ腫れるなんて・・・。慌てて皮膚科にいったけれど、ステロイド中毒?塗るとおさまるけど、その後ただれたようになる、もう泣きそうでした。結果数ヶ月かかりました。その後、よいお水に出会って、よい基礎化粧品にも出会って、そのお水と基礎化粧品を、40代半ばの今までもうずっと使い続けていて、息子に『レアすぎる・・・』と言われていますが・・・笑

 その当時、太った身体と、荒れた顔、同時に治そう、って決意しました。
 どうせ孤独だし、と、夜ひとりで毎晩2時間歩きました。2時間歩いた後に、必ず筋トレ(ダンベルもって)を30分して。数か月後48キロまで体重は落ちて、顔も治りました。いわゆる、ダイエット。
 (その後また勉強が忙しすぎて、また3キロぐらいかなあ、太る→その後孤独感がなくなって、自然と痩せました)

 なんというか、体重というところだけは測れない、妙な膨らみ方だったと思うんです。体重がたとえば50キロ以上あったって、にこにこしてたら、顔もしゅっとするし、毎日落ち込んでたら口元が下がるんでしょうね・・・もうみたくもないって、その頃の写真全部捨てました。

 脳に、自分の理想・・・理想じゃなくても、自分ってこんな感じ、みたいなある程度の評価があって、それを大幅に逸脱すると、すごいストレスが掛かるんじゃないかなあって思って。それが環境でも、ルックスでも、それで、糖質に依存するんじゃないかなあ。脳が苦しんで妙な栄養求めて渇望して、糖質がほしくなる。でも白糖だとそれでもからだは栄養失調と判断するから、決して満足してくれない。なんていう、悪循環・・・。

 そして、何だか納得して食べるという行動で、作られるからだと、ああ、違うのに・・・って思って食べるからだでは、からだが全然別人になる気がして。納得して食べたら、例えかつ丼でもそれはからだをつくってくれるなーって感じるんです。からだとこころの栄養というか。

 私は心理学は学びましたが、脳のことは専門家ではないので、勝手に思ったことを書いております・・・。

 あの時のぶよぶよしたからだ、あれって、そうか・・・糖質でつくられたからだだったのかなあ。主治医がよく、『食べたものでからだは作られる。』と仰って、それで、波動法なども学んだんです。

 ややこしいですけれど、私が『摂食障がい』と判断しているのはすごい遅くからで、当時の大学のときの症状は、摂食障がい一歩手前、と判断しています。現在の主治医に診て頂いているのは、2年間の絶食を経て、過食症がスタートしてからです。

 すべては脳だけど、この脳だったり本能の、現実との差異みたいなものが、こんな苦しい症状を生み出して、からだや臓器が痛めつけられて、心もぼろぼろになって、苦しいですよね。

 そして、私が思うことなんですが、体重とかは、まだいいんです。
 女の子(いくつになっても一生女子は女子だと思うので)にとって、何よりつらいことって、肌荒れじゃないかなあ。あの、顔が腫れたというできごと(19歳)の数ヶ月、外に出るのが嫌だった時期もですが、20代では、(片耳聞こえなくなってから)顔面神経麻痺で片方の顔が動かなくなりました。当時40キロだったけど、それはそれはつらかった。もうメイクにも興味なくなる。髪にも、格好にも。それ以前に鬱真っ只中ですけれどね・・・。

 そして、30代の、とある浮腫ですね。。あれはもうこの世の終わりだと思いました。顔に、自分の原型すらありません。

 全部全部、自分では、もう限界だというサイン。脳にある生きる・・・とか、こんな自分で生きたい(底辺だと思っている私の理想は、そう高くないのに)、とかもう苦しいとか、それと現実のこのギャップがもう、もう無理で受け入れられない。ずっとがんばってきたのに、もうがんばれないのに、なんで最低限の自分にもなれないの、そんな感情。

 摂食障がいも地獄ながらに、摂食障がい一歩手前であった、太ってもばかにされても、諦めなかった自分を思い出して、諦めてもよかったのに、普通の生活なんて捨ててもよかったのに。無理した瞬間からだは正直にこんなに、がんばって、辛いよ、って訴えてきてるのに、・・・。なんだか頑張り癖でしょうね。いつか、普通になれる、でもないだろうけど。

 そんなこともあったなーって、昨日眠れなくて考えていました(数時間は眠るけど、眠りが浅くてすぐ目覚める)。

 先ほど書いた、大学生のとき、48キロまで痩せた私が毎晩食べていたのは、スープでした。お金もそんなに持っていないので、野菜を買ってきて、スープを作って、時にはコンソメで、時にはトマト缶などで、アレンジして。カレー味にしたりとか。(学生貧乏なので・・・)

 でも、今そんな地味な食生活ばかりしたくないし・・・笑。

 ぎりぎり、ぎりぎりでも、そういった、学生時代や、20代や、30代を経て、拒食症のころより15キロ増えた体重が、もう自分になじんで、今の私がいて、バケットリストも含めてですが、すべきことより、したいこと、にフォーカスをシフトして、生きていく練習をしています。

 昨日は、2軒外飲みしてきました。

 いつものお造りおいしかった!
 後、牛ももステーキ、2軒目はサバサンド(今けっこう流行っていますよね?)を頂きました。あと、ぶりかまとか、ちょこちょこママが作ってくださって。

 今日の身体になったのかな。・・・体脂肪はまだ34%ですが・・・

 顔腫れとか、ぶよぶよとか、(人からの侮辱もあった)辛いなあって眠れず考えていた話でした。
 摂食障がいも地獄ながら、世の中って辛いことの宝庫。
 普通の家庭が普通の幸せを生み出すなんてこともないし。

 摂食障がいは寛解にむかっても、それがイコール元気100%ってことでもない。最近朝起きてから、動くまでも時間が異様にかかるし、元気をどこに落としたのか、と本気で思います。

 それでも、ついこの間まで、睡眠5時間取れたらいいほうだわ、後10分寝れる、幸せっておもったり、ほんと、サバイバルな暮らしすぎて・・・。もっと平均的に生きれたらいいのですが、時間があったらあったで、病みにもってかれているし。ただ、摂食障がいというところにフォーカスすると、私は寛解すると、思います。

 ストレスフルな環境から、逃げる、人のジャッジから逃げる。
 優しい人たちだけと接する。
 今は充電期で、この後楽しくなるって信じる。
 そのためにお金を遣ってみる。

 いつか、きっと、過去の話となり、そんなこともあったって思えると信じて、私もがんばります。

 

 

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