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摂食障がいの克服43【41:交流分析の続き】 

  もやもやして、たくさん食べてしまっています。

  引き続き、私が以前勉強した、心理学のお話です。
  今回も、勉強して、私自身がそう受け止めたという視点で、書いています。


【自我状態】

 エリック・バーン博士の『交流分析』の続きです。

 人には5つの『自我状態』があるそうです。

 ①CP : Critical Parent (批判的な親)
  一般的に、父親の持つ性質であり、ルールを教えるだとか、支配的だとか、命令口調である、等。今でこそ、『お父さん』って優しいイメージがありますけど、昔はそうじゃなかった。まさに、昭和のお父さんってこんな感じです。

 ②NP : Nurturing Parent(擁護的な親)
  逆に、一般的に、母親的性質なので、思いやりがあったり、寛容であったり、優しいという特質です。過度であるとやっぱりよくないのでしょうね・・。

 ③A : Adult (大人)
  冷静であり、合理的、感情に支配されない、等。私の理解ですが、恐らくは、成人社会における、ビジネスでは、お互いに『Adult』であるから、心地よい関係が築けるのではないかと思います。

 お互いを大人として、尊重しあうような、関係。理想的である気がします。上司だから、部下に対して、『Parent的』立場から接すると、部下としては、心折れたり、うまくいかないこともあるのでは、と想像できます。

 ④FC : Free Child (自由な子ども)
  親からの縛りなく、自由に感じる子供の部分です。素直に感情表現できたり、楽しむことを優先できたり。
  一見理想的でいて、なかなか社会への順応が難しいのかな、と思ったり。でも、生きる上で、この自我状態があれば、幸せですよね。

 ⑤AC : Adapted Child (順応する子ども)
  聞き分けがよく、嫌なことを言えない、忍耐強く、協調性があり、自発性に欠ける。

 振り返って、自分がCPになったとき、NPになったとき、普段はAなのに、FCになりたかったとき、なのに、わりとACでいるシーンなど・・・ありますよね。

 普通に、相手がAとして聞いてきたことを、CPに言われていると変換される、これは摂食障がいやHSP(highly sensitive person : 5人に1人の体質と言われる、繊細な人)の方であると、あるあるだと思います。

 今日何食べたの?
 今、何してるの?
 今日何したの?
 ごはんは作ったの?

 今日はね、トースト食べたよ。 
 今はね、読書してるよ。
 今日?散歩したよ。
 ご飯は作ったよ。
 これが、AからA。

 今日何食べたの?
 今、何してるの?
 今日何したの?
 ごはんは作ったの?

 え・・・今日おうどん食べちゃった(食べ過ぎかな・・)
 今?読書してた、もっと何かすべきだったかな
 今日?えええ、大したことしてないー
 ご飯は作ったけど、少ないかな、あんまりおいしくないかな。。。

 AからAC。変換されてる。(私はこのパターンがきっと多いです)

 これを使って、どうすればいいのかって、自分も、相手の自我状態に合わせることなんですよね。

 相手のことばに、複雑性を見出さない。責められてるわけじゃないので、大人としてかえす。

 この理論、わかるんだけれど、考えれば考えるほど、難しいです。
 ものすごい、相手より大人になることが求められるような・・・。

 相手がAとして、『あなた、これ間違ってるんじゃないの?』って言って来たら、『なんで?そう思ったの?』と返す。→相手がはたして全部理論的に説明できるのか、ってこと。
 相手がAとして、『あなた、これ間違ってるんじゃないの?』って聞いたのに、それをCPとして変換して受け止めて、『なんでそんな怒るの?間違ってないよね?!』逆にCPとなり『何言ってるの?どこも間違ってないよね?』そう返すと、ややこしい。

 そもそも、私が受け止め方を、弱い立場として受け止めてたなーって思えば有効ですね。相手は、他意なくいったから。Aとして、言われた。Aとして、返す。これを、CPから言われたように感じて、『はい、間違ってました、すぐ正します!』って思えるならそれはそれで成立しますが、そうではないから、話がややこしい。

 じゃあ、相手自身も、CPになりがちだから、Aを心がけてね、というのか。

 頭が混乱しますよね。

 ただ、普段、心地いいって感じる関係には、
 『相補的なやりとり』が、自然とされていると思うんです。
 (お互いが望むようなやりとり)

 NP to FCみたいな?

 一方、この、自我状態がかみ合わないと、
 『交差的なやりとり』がなされている。

 A to Aが望ましいのに、CP to CPとか。

 また、『裏面的なやりとり』というのもあるそう。
 お隣さんが、また海外旅行行くらしい!(私もいきたい)・・・CP to ・・・AC(無言)っていうところでしょうか。

 すっごい難しいですが、今、自分はどの自我状態?相手はどの自我状態?
 そして、その自我状態に合わせるには?と考える。
 もしくは、明らかにCPすぎるよね、っておもったとき、間にAの自分を挟んで、相手の自我状態をAに戻す、等、・・・(難しすぎますー・・・)

 まずは、交流分析の

 私もOk
 あなたもOk

  そう思えることからなんだと思います。
 でも、お互いに。もしも大切だと思う相手がいるならば(親子であれ、カップルであれ)、相手がOk、すなわち、自分って、Okかな?って見直せる柔軟性あってこそじゃないなあなんて、考えています。

 昨日、大ゲンカをしまして、相手が、まさにCP。でも、ストロークとして、ディスカウントにあったと感じたんです。こちらもAになる余地があったのか?また、ストロークを返せたのか、そういう視点から考えたけど、昨日のやり取りからすると難しかった。

 だから、私は思い切って、離れてみました。
 離れることにより、また、お互いストロークを変換できるとか、もしくは、自我状態を見つめなおせるとか、そこまで難しく考えていないけれど、今日、そんな交流分析の理論からも、自分たちの昨日を振り返っていました。

 今日、もう一度、お話してきます。

 お豆腐をつぶして、たまご2個加えて、コンソメとお塩で味付けして、チーズ乗せて焼きました。(先日から流行ってる、豆腐グラタンです)。

 

 

 

 

 

 

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