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波子のこと#4 彼氏が祖父母の家に

父方の祖父母はいとこ同士で結婚をして、祖父が本家筋、祖母が分家筋ということで祖母的には結婚によって階層が上がったという認識。そして結婚こそ女性の幸せという考え方。波子の父には二人の姉がいて、どうしても男児の欲しかった祖母は山に何度も祈祷に出かける。祈祷の甲斐あって(マジで?)父を授かる。

末っ子長男ということでそれはそれは大切に育てられ、姉たちとは食事の献立も違ったそうだ。長男だから。そんな食卓を叔母たちはどんな思いで眺めていたんだろうか。食べ盛りだから量が多いとかそういうことではない。もう1回書く。長男だから別の料理。

祖母にとって子どもたちはまさに「自慢の」子どもたちで、どこへ行っても褒められたという話を死ぬほど聞かされた。世間体、外聞まみれである。保守的。母方の祖父母の家と纏う空気が違うというのは#2にも書いた。

波子は高校時代に付き合っていた彼氏の鈴木くんを祖父母の家に連れて行ったことがある。鈴木くんはおじいちゃんおばあちゃんと二世帯暮らしをしていたのもあり、非常に自然に祖父母たちと会話をしていた。というか、ギャグやおべっかを繰り出すほど調子に乗っているようにも見えた。家を後にした鈴木くんは楽しそうですらあり、また来たいと言った。マジで。いや、普通に自分の祖父母を大事にしてくれるのは嬉しいけど、違和感があったことも事実だ。

鈴木くんが祖父母の家を訪ねたのはこのたった1回だったのだけど、のちに波子を悩ませることになるとは若い波子は思い至らなかった。

鈴木くんとは高校時代に通っていた塾で知り合った。うつつを抜かしていた、わけでもないけど、残念ながら二人とも浪人生活を送ることになり1年間一緒に駿台に通った。志望校は違ったけど同じクラスだった。鈴木くんは予備校が終わると毎日波子を家まで送ってくれた。

一度だけ波子が帰り道に最寄駅から家までの途中で寝っ転がって駄々をこねたことがある。波子18歳。酔っ払っていたわけではない。何か嫌なことがあったただそれだけだ。心配そうな通行人の一人は「救急車を呼びましょうか」と言ってくれた。鈴木くんが「大丈夫ですので」と申し訳なさそうに答えているのを見て「全然大丈夫じゃねえし」と思って、もう少し寝っ転がっていることにした。

家に着いたら母、海子はいなかった。が、間もなく帰ってきたと思ったら「道に寝たんだって?鈴木くんが困った顔で話してくれたわよ」と。おい、鈴木なに話してんだよ。と思いつつも適当に相槌を打って波子は自分の部屋に戻った。

これが原因ではない。ただ、春が来て別々の大学に進学した鈴木くんと波子は早々に別れることになった。波子から「別れよう」と言った。後にも先にも「別れよう」とはっきり言葉にしたのはこの時だけだ。いつも通りデートの待ち合わせだと思って喫茶店に来た鈴木くんは絶句していた。ごめんとか悪いとかそういう気持ちは波子には全くなかった。とにかく気持ちがなくなってしまっただけだから。

その喫茶店はビルの建て替えとともになくなってしまった。

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