見出し画像

魚について

思えば、幼い頃は魚が好きではなかった。

実家の敷地から数メートルのところに海はあったのにだ。

いや、どちらかと言うと敷地から数メートルのところに海があるからかもしれない。

ご飯は毎食のように魚料理が出された。それは焼きであったり、煮物であったり、時には造りであったり。今思えば贅沢とも思えるが、幼い頃の僕にはそれが贅沢とは思えなかった。


僕は魚より肉のほうが好きだった。


それには二つの理由がある。


まず、魚には骨があって食べにくいのだ。
箸の持ち方がまるでなっていなかった僕は、身をとるのにとても苦労していた。そして、骨まで口に入れて喉に引っかかってしまう。その点、刺身はそういった心配がないから比較的好きだった。


そして、二つ目がご飯との相性を考えた上で肉のほうがポテンシャルが高いという点だ。

何を隠そう、僕は白飯が大好きである。

それ故、好きな料理は自ずと白飯に合う料理になってくる。
味噌汁は今でこそ好きだが、白飯には合わないから好きではなかった。味噌汁に米を入れた所謂、「ねこまんま」を好む人もいるがあの美味しさが僕には分からない。

しかし、お好み焼きや焼きそばをおかずに白飯を食べることは可能だ。
お好み焼きをおかずにしたら、「タンパク質とタンパク質だから組み合わせが悪い」と言われそうだが、食べるときは脳で食べているわけじゃない。心で食べているのだ。
自分が美味しいと感じたらそれは有りなんだと思う。

以上の二点から魚より肉が好きだった。

しかし、なにも魚が白飯との相性が悪いと言っているわけではない。
刺身は寿司や海鮮丼のような食べ方もするし、焼きや煮付けも白飯との相性は良い。

ただ、肉料理と比べたら断然、肉のほうが米が進むのだ。

魚料理よりも肉料理のほうが米を掻き込んだ経験が多い。


だから僕は魚はそれほど好きではないと思い込んでた。

それがいつしか、自分の中で魚の好きさが増してきた。


その理由として、一番大きいのはやはり酒であろうか。

食事をするとき、おかずのお供が米だったのが酒を飲むようになってその方程式は変わった。


米のためのおかずが、酒のためのおかずになったのだ。


酒のアテと考えたとき、それは肉や魚と一往には言えない。

日本酒には和食、魚料理が合うといったことは当然あるかもしれないが、いかんせんビールもウイスキーも日本酒も飲むタイプの人間にとってはアテのジャンルなどなんでも良いのだ。
そしてどちらかと言うと、魚料理の方が胃に優しく最近では肉より好んで食べる回数が多い。


だから僕にとって魚の存在はこうだ。


魚とは米にとっての魚ではないが、酒にとっての肴である。

お後がよろしいようで。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?