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『校舎裏の桜の木』

ーー早く卒業したい。

四月はまだ少し寒さを残している。

高校へ向かう通学路には、自分だけの世界が続いていた。

早朝。雀の声。

遠くを走る車の排気音。

そして、私の足音。

新しく買ったローファーはまだ足に馴染まない。

首に巻いている制服のリボンは、可愛らしい首輪のように思える。

これから三年間こんな気分でここを歩くことになるのだろうか。

そんなことを考えながら、お気に入りのイヤホンを耳に入れ、何度聴いたか分からない曲を聴く。

歩くにつれて、段々と自分と同じ目的地へ向かう人たちがポツリポツリと現れてきた。

校門前に並べられた桜の木は、人々の勝手な期待とは裏腹にまだその芽を閉じていた。

親御連れの新入生が多い中、私は独りで校門をくぐった。

そのまま学校からあてがわれた教室へ向かう。

教室には既に、男女が何名か席に付いており、また、皆一様に緊張した面持ちだった。

私も適当な席を見つけ、着席する。

イスに座ったところで、イヤホンを耳に入れっぱなしだったことを思い出した。

イヤホンを外し、仕舞う。

開いた窓から差し込む陽光が嫌に眩しかった。

 しばらくして、教室も生徒で埋まり、教員が入ってきた。

入学式のため体育館へ集める旨を伝えたえ、一様にみなそれに従った。

できることなら、このまま陽光を浴びて静かに教室にたたずんで居たかった。

しばらくして式が始まった。

だが、しばらくして私は、体育館を出た。

式はまだ続くらしかったが、途中で退出したくてたまらなかった。

体育館を出るとき、教員に向かって吐いた適当な口実はもう覚えていない。

ただ、そこに居て、気分が鬱いで来ることには間違いなかった。

体育館を出て、渡り廊下を歩く。春風が生暖かく体を包んだ。

館内ではまだ、どこかの偉いオトナがマイク越しに台本の内容を宣っている。

ーーうそつき。

何も響かなかった。雑音。

私は、心にもない言葉がキライだ。

それならまだ、焚き火の音を聴いていた方が幾分か人生の為になると思う。

ああいう、式とかいうものが幼い頃から苦手だった。

校舎から少し離れた場所にある、寂れた別棟に立ち寄った。

人気もなく、館内から響くノイズもここならほとんど聞こえてこない。

ポケットに忍ばせていたメビウスの箱を開け、一本を口に運び、マッチを擦る。

紫煙をくゆらせ、ふと見上げると桜の木が背後にあることに気付いた。

しかし、その木は校門前のそれらと比べると、幾分か見劣りする。

かなり年月を経た桜なのだろか。

詳しくはわからないけれど、その年季の入った様子があり、ところどころに傷がある。

だが、そのみすぼらしさは、私にとって心地よく感ぜられるものだった。

その時、唯一咲いていた一輪の桜の花びらが風で散っていった。


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