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自分から人に愛を送ること、繋がっていくこと。


昨夜ヒーリングを伝授していただきました。

一夜明け、早速夫に

「どこか痛いところある?」

と聞くと、「あー、腰が痛い」

と言うのでヒーリングをしました。

「なんか温かくなってきた」

おー!反応してる!

嬉しくなり、

「他に痛いところある?」

と聞くと

「左肩が痛い」

昨夜、練習したように肩を挟むように手を当てました。

「なんか温かいね、いい感じ。ありがとう。」

そう言い、夫がテレビを観ている間私はずっとヒーリングをし、それから夫は気持ち良く会社に行きました。


おー、なんて事だ!!と思ったのは、私自身の在り方についてです。


ヒーリング云々の前に、私は夫が、寝る直前に
「腰が痛い、マッサージして」とよく言うと、


「なんでもっと早く言わないの!
もう寝るつもりなのに!」

と文句を必ず言ってからマッサージしてました。

私から自発的に声をかける、はありませんでした。

夫にマッサージをすると、

「あー、楽になった!」と喜んでくれるので、いつも私が、最終的には嬉しい気持ちを夫から受け取っていました。

が、はじめはいつも、やってあげている、という私の押し付けがましい傲慢な気持ちが乗っかってからのスタートでした。

こんなに気持ち良く、自ら愛を与えたい、と思ったのはいつ以来だろうか?と自問自答する始末でした。

最近私の体調もメンタルも落ちていたわけが、ものすごーく腑に落ちました。

こんなにも、『自分の事』ばかりを考えていたら、愛が循環していないから詰まっていくわけです。

他人に愛を流さず、けれど私は身体は痛いし、メンタルが落ちているんだからしょうがないって、どんだけ視野狭いんだ!?と気づきました。

え?愛されたい、幸せになりたい、って思ってるんだよね?

なのに他人には愛を流さないって、逆の方向に走ってたじゃーん(笑)

となんだかひとりで笑ってしまいました。

心が病む、ってこういうふうに視野がどんどんどんどん狭くなって、苦しくなっていくことだったなあ、とかつての日々が走馬灯のように甦りました。

人はひとりでは生きていけません。

本来弱い動物だと思います。

だからこそ強くなりたい、と真剣に考えて実践していこうとするのでしょう。


ひとりひとりが自立し、愛を与えて流していき、またかえってきたものを受け取る。

そこで何かうまくいかないことがあっても、ジャッジより、起こったことをあー、そうなんだ、とただ受け入れるができれば、本質的な愛の世界が広がっていくのだろう、と感じます。

ジャッジのない、愛の世界を展開したければ、まず私が私を愛しながら、人に愛を与えて受け取っていくことなんだ。

とにかく実践していこう、と決意する朝となりました。

愛が流れる世界を今日も皆様が感じられますように。

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