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後輩がイケメンすぎると問題かと… 第8話

1

 昼食の後、私達4人は稔さんの車でマリーナを出発した。
 問題の花時計がある中嶋社長の事務所へ向かってみることにしたのだ。

 事務所までの行程にはカーブが多く、あまりスピードも出せない。工事中の場所は片道通行となっていて、さほど遠くない距離なのに車での移動は思いがけず時間がかかっていた。

 「30分くらいかなって思ったけど、考えてた以上に時間かかるわね」

 後部席の私の隣にいるゆりかちゃんが、腕時計を見た。もう30分以上走ってる。

 「稔お前さ、安全運転しすぎじゃね? 俺のフェアレディーだったら、とっくに着いてるよ」

 「俺は警官だ。スピード違反が罰金だけで済むお前達とは違うんだよ。下手すりゃ懲戒免職もんなんだから」

 「相変わらず、ビビリだなあ~」

 稔さんのセイフティードライブにイライラしている助手席の恵基は先程からずっと彼をいじりっぱなしだ。相手が稔さんじゃなければ、とうにブチ切れてるくらい茶々を入れ続けている。稔さんもそろそろ限界みたいだ。

 「昨日の撮影でこの辺通ったから覚えてるわ。確か、このカーブを越えて坂道を上れば到着じゃないかな? 」
 
 ゆりかちゃんの言う通り、カーブを曲がると小高い丘に続く坂道に『ミュゼ・横浜事務所』の矢印がついた小さな看板が見えた。坂道を上り切ると、そこはこじんまりとした駐車スペースが広がり、例の花時計がその中心にデンと腰を据えるように設置されていた。

 実物は中嶋社長のセルフィーで見たものより遥かに大きく、豪華だ。

 こんもり盛り上げられた整った芝生の傾斜に白タイルが丸い縁を描き、中の文字盤に種類が違う様々な花が色鮮やかに咲き乱れている。

 時刻を指す1から12までのアラビア数字や分針、秒針は全て丸縁と同じ白タイルで、夜でも月の光に反射して時刻が確認できるみたいだ。12時と6時、9時と3時付近はそれぞれブーゲンビリアとマーガレットコスモスが時計の中心から放射線状に植えられ、12時と6時の鮮やかな紫のラインと3時と9時の黄色の帯がアクセントになっている。その周囲はアジサイ、ラベンダー、ゼラニウムなど万彩の花が入り乱れ、これでもかという位に煌びやかな演出で魅了される花時計だった。時計の下の花壇にはカレンダーも埋め込まれていて、日付もわかるようになっている。

 時計の前にはその豪華さとは対照的な質素な木製ベンチがひとつあった。ここは小高い丘で、周囲の湾も見下ろすことができるパノラマポイントだ。

 私達は車を降りて、暫くその穏やかで優美な景色を堪能していた。

 高い場所から見下ろすと、自然の形状を無理やり均して傾斜と入り込みの激しい小さな湾にコンクリートの埋め込み準備がされた場所が点在しているのがわかる。この周囲もシーフロント開発が進行中らしい。いつかは、この静かな場所もお洒落で近代的な建物が並び、レストランやテーマパークを迎えて賑わう人口港になるのだろう。

 私達人間の身勝手な開発のパノラマを目で追っていると、港の拡張が中断したあの工事現場が僅かに見えた。左側に突き出した岬を越えて真っ直ぐ進めば、その先は粗大ゴミが放置されていた場所となるはずだ。
 ホントにこの場所からあのマリーナまで大した距離じゃないのに、車だと通れる道が限られて、40分ちょっとはかかってしまっていた。

 起伏のある周りの湾や入り江が邪魔して自然光はあまり強くない場所だ。でもそれが地中に埋められたLEDライトが照らし出す華麗な花時計を一段と惹きたてていた。

 花時計の周りに円のように広がるスペースの先が、中嶋社長の事務所だ。固く閉じられた鉄柵の門が見える。

 本日は休日なのか、すでに従業員が帰宅しているのか、事務所の明かりもなくしんと静まり返っている。

「さすがだなあー。完全週休2日制のホワイト企業だけあるよ」
 
 恵基がちょっと小バカにしたような声をあげた。

 「あんた、何また失礼な言い方してるのよ。週休2日のホワイト企業ってとってもいい事じゃないの。そのバカにしたような口調やめなさいよ」
 
 私のお小言など馬耳東風の恵基は、事務所の頑丈な鉄柵の門を注意深く観察している。

 「事件があったのは先週の金曜日。中嶋社長は午後6時頃からここでオンライン会議してたって言ってたよな」

 「それがどうかしたの? 」
 
 「由美さん、そこの看板見た? 営業時間が記されてるんだけど」

 恵基が指差したのは、鉄柵の門の前にある『WELCOME to MUSE』と大きく書かれた看板だ。お洒落な文字の下に小さく午前9時~午後17時、日曜~木曜と記されている。

 ―― えっ? 日曜から木曜?

 「あれ、この事務所って土日じゃなくて金曜と土曜日が休みなんだね」
 
 普通、週休2日なら土曜と日曜って考えてしまうから、ちょっと以外だ。

 「『ミュゼ』は完全週休2日、しかも連休確約というホワイト企業の鏡みたいな会社なんだ。有閑マダム相手の市場だから、そういう部分もイメージ戦略として重要なんだろうな。ただ、サービス関連事業が殆どだから土日の営業も必須。だから各事務所で休みの曜日を微妙にずらすことで、会社全体として土日の対応も可能にしてる。本社も含めて国内各地のミュゼ傘下の事務所は、週休2日の連休は土日とは限らないんだ」
 
 「事件が起こったのは先週の金曜日。と、いうことはこの事務所は休日でここに従業員はいなかったってことになるな」

 稔さんが、看板を睨みながら顎に手をあてた。

 「つまり、社長がここにいたのを誰も見ていないってわけだよ」

 恵基が稔さんの横でポツリとそう付け加えた。

 「でも、この花時計は中嶋社長がここにいたことを証明できるわ」

 2人の後ろにいたゆりかちゃんがため息交じりに、私達の前に立ちはだかる大きな花時計に目を向けた。

 「証明しすぎなんだよ。ホワイト企業のくせに定時外のオンライン会議しちゃってさ… ご丁寧に自分のセルフィーをその会議の出席者全員に送信してるんだから。
 そして、俺達を利用してヨットに自分がいなかったってことまで証明してやがる」

 振り返った恵基も、恨めしそうに花時計を睨んだ。その瞳は昨日、ファッションリングのことを問いただした私に向けていたあの挑むような凄みを帯びていた。

 「…中嶋の野郎、ナメた真似しやがって。絶対に裏暴いてやる!」

 小さな声で独り言のように恵基がそう吐き出したのが聞こえた。

 「…とにかく、俺達はまだ恵基の言う2等辺三角形の垂線がひけてない状態ってわけだ」

 稔さんが諦めたように苦笑して、ゆりかちゃんの肩をポンと叩いた。

 「今日はゆりかの誕生日だし、折角だからこの豪華な花時計の前で4人の記念写真撮ろうぜ」

 「おい稔、冗談だろ? 俺が今一番撮りたくねぇ場所なんだけど」

 「恵基の意見なんか聞いてないわよ。今日はゆりかちゃんが主役なんだから、拒否権があるのはゆりかちゃんだけよ」

 茶化すようにこの俺様男にそう諭して、私はゆりかちゃんに微笑んだ。
 
 事実はどうあれ、この場所はとても素敵だ。ゴージャスな花時計には日付も刻まれているし、みんなで記念セルフィーするの、いいアイディア! 稔さんって、不器用だけど肝心なところはバッチリ押さえてるなあ。それだけゆりかちゃんを愛してるってことか… 羨ましいな。
 いつまでも恋人のような2人の微笑ましい姿に心がほっこりする。
 両想いっていいな。なんで私はこんなチャラい俺様男に片思いしちゃったんだろう? そう思いながら私は、今一番写りたくない場所で渋々被写体になっている隣のイケメンを横目で恨めしく睨んだ。

2

 その夜はベイサイドの高層ビルにあるレストランで食事した。稔さんがこの日のために予約したそうだ。この辺りでは数少ない本格的な鉄板焼きのお店だ。

 グレーとオーク系で統一された店内のアクセントとなっているのは、光沢のある黒い木製テーブルと自然石や木材など自然素材を利用したモダンなオブジェだ。これだけなら殺風景に思える空間だけど、ここの売りは全席オーシャンビュー。テーブル席からは東京湾がほぼ一望できて、息を呑むような素晴らしい夜景が広がっている。

 「稔、お前がよくこんな店見つけたよなあ」

 「ほんと、とっても素敵な場所ね。ゆりかちゃん、お誕生日おめでとう」

 特別オーダーされたデザートのお誕生日ケーキに舌鼓を打ちながら、私達は和やかなひと時を過ごしていた。『Happy Birthday』のチョコレートプレートが載せられただけというシンプルなレアチーズケーキだけど、北海道から取り寄せられたクリームチーズと、カカオ70%のスイス産チョコレートが使用されている。素材に拘ったシンプルな料理が人気のこの店ならではの上品なスイーツだった。
 
 「さっきの記念写真、綺麗に撮れてるわよ。恵基さんと由美さんにも送るね」

 「俺はいらねぇよ。あの花時計見るとイライラするんだ」

 恵基は夕方の記念撮影に相変わらずヘソを曲げているようだ。

 「じゃ、由美さんだけに送るわ。LINE教えて」

 そう言って、ゆりかちゃんが私に微笑んだ。恵基を完全スルーできるのは彼女と稔さんくらいだ。ほんと、こういうちょっとした塩対応、是非学びたいよ。
  ―― キンコーン♪

 ラインの着信音が鳴り、ゆりかちゃんからの画像が届いた。

 「わあ、ほんと綺麗に写ってるね」

 色彩々の花で飾られた花時計をバックにして微笑んでる私達4人、時刻の下にはカラフルな花々が西暦で刻まれた今日の日付を彩っている。私の隣にはちょっと引き攣りながらもカメラ目線で笑う恵基もいるし、とっても貴重な記念写真だ。これ、携帯の待ち受けにしちゃおうかなあ。

 嬉しくてついガン見していた私は、暫く眺めていたその映像に微妙な違和感を抱き始めた。

 「由美さん、どうかした? 」

 私の浮かれ顔がいきなり止まったのを察して隣の恵基が不思議そうに尋ねてきた。

 「ちょっとね、この花時計の表情がなんかしっくりこないな って感じてきて… 」

 「花時計の表情? 」

 恵基が眉間に皺をよせて私の携帯画面を覗き込んだ。

 「俺には無駄に派手でバカでかい時計にしか見えないけどな。第一『表情』ってなんだよ? 」

 「なんか、ちょっと雰囲気が違うっていうか… 」
 
 どこが、どう違うかと問われると答えられない。ただ「何となく」なのだ。あの中嶋社長のセルフィーに写り込んでいたのとこの写真は同じ花時計のはずなのに、何となく微妙なズレを感じるのだ。

 「私には豪華な花時計にしか見えないけど… 稔はどう?」

 ゆりかちゃんが、稔さんに画像を表示した携帯を手渡した

 「うん、俺もおかしな部分があるように思えないけどなあ」

 私の感じた違和感は恵基も稔さんも、ゆりかちゃんも、そして私自身でさえ理解できない。やがて、恵基が椅子に座ったまま大きく背伸びした。

 「あー、なんかこの時計見てるだけで気分滅入りそうだ。船に戻らねぇか? ここじゃ稔も酒飲めねぇし… クルーザーに乾杯用のスプマンテ冷やしてあるんだ。場所変えて、もう少し酒が入れば、由美さんの感じる『花の表情』ってやつのインスピレーションも降臨するかもしれないよ」

 そう言って私の頭のつむじをチョンチョンと突く。

 ―― コイツ、また私をバカにしてるっ! 何の変哲もない花時計に表情を感じた無駄に感受性の強い女子 って思ってるな。

 カチンときたけど、高飛車野郎との言い合いで折角のリラックスしたひと時をぶち壊したくない。私はグラスに少しだけ残っていたお水を一気に飲み込んで、文句を言いたい自分の口をナフキンで塞いだ。

 それに、よく考えると恵基の言うことも一理ある。稔さん運転手だから、こんなムード満点のレストランでウーロン茶だ。今日は奥さんの誕生日なんだから、やっぱりちょっとお酒入ったほうが盛り上がるんじゃないかな? 多分恵基も私をダシにして、やんわりとそっちの方向に持っていってやろうとしているのかもしれない。
 
 睨みつけた私にペロリと舌を出して、いつもの魅惑的なウインクを投げてくるコイツの裏に隠れる高度な工作行為が、少しづつ私には見え始めていた。


3

 クルーザーに戻った私達は、デッキに集まり、フランチャコルタのスプマンテで乾杯した。細長いフルートグラスに注がれた薄いゴールドの液体から引っ切り無しに上昇する小さなペラージュ(泡)がライトに反射して、まるで流れ星のようにキラキラしている。今週も先週と同じように風は少なく、波は穏やかだ。

 「改めておめでとう、ゆりかちゃん。これ、私達みんなのほんの気持ちだけど… 」

 私は赤いリボンで飾られたクリーム色の四角い小箱を彼女に渡した。ゆりかちゃんが前々から稔さんにおねだりしていたペンダントなんだそうだ。ちょっとお値段が張る品物で稔さんが躊躇しているという情報を掴んだ恵基が私達2人もカンパするという解決策を提案して、稔さんが購入していた。
 3人を代表して、私がそれを渡すことになったけど、私と恵基はそれがどんなペンダントなのかはまだ知らない。

 「開けてみて」

 私はにこやかにゆりかちゃんに微笑んだ。お洒落なゆりかちゃんを魅了したペンダントって、ちょっと興味ある。まるで自分の事のようにワクワクしながら箱が開けられるのを待った。
 ピンクのマニキュアを塗ったゆりかちゃんの長い爪が優雅に動いてリボンが解かれ、ペンダントが取り出された。同時に、彼女が「きゃあー💛」 と、かわいい奇声をあげて稔さんの首に抱きついた。

 「ずっと欲しいかったペンダント。夢みたい! ありがとう」

 若妻の情熱的な歓喜の表現に照れ屋の稔さんはカチンコチンに硬直してる。ゆりかちゃんに抱きつかれたまま顔を赤くしてモゴモゴと小さく口を滑らせた。

 「俺だけじゃないぞ。由美さんと恵基が資金協力してくれたから、これプレゼントする勇気出たんだからな」

 「そうだったのね。由美さん、恵基さんありがとう。最高に嬉しい! 」
 
 蔓延の笑顔を浮かべたゆりかちゃんが、今度は私と恵基の首をガッチリ両方まとめてハグしてきた。
 チャーミングなプチペンダントだ。細い金のチェーン先で揺れるそれは、ルビーのような小さな赤い石の周囲を極小のダイヤが沢山取り巻いている。可愛らしいお花のような形の宝石がライトに照らされてキラキラ輝いていた。

 「稔、ぼさっと座ってないで、ゆりかちゃんに着けてやれよ」

 相変わらず照れが抜けずに固まったまま、弾けるように大喜びしているゆりかちゃんを嬉しそうに眺めている稔さんに、呆れ顔で恵基が促した。
 流石、女の子の扱いに慣れてるよなあ。こういう部分、ほんとマメだよ。 
 私は恵基のスマートなエスコート能力に感心すると同時に、薄明りの中でゆりかちゃんの首にペンダントを装着している稔さんのちょっと不器用だけど誠実な態度がとても羨ましかった。


4

 次の日の朝、私はまた香ばしいコーヒーの香りで目が覚めた。このソファーベッドがあるキャビンは小さいから、コーヒーマシンが稼働するとすぐによい香りが部屋中に充満する。昨日はこの香りに恵基のコロンが混ざっていたけど、今朝は正真正銘美味しそうなコーヒーの香りだ。その状況にちょっと安心しながらも、なんとなくそれが残念な気もした。

 ぼんやり目を開けた。少し離れたミニキッチンでコーヒーを淹れているのはゆりかちゃんだ。

 「ゆりかちゃん、おはよう。早起きだね」

 私は目をこすりながら体を起こして、声をかけた。

 「あっ、由美さんおはよう。ごめん、起こしちゃった? 私いつも起きぬけのコーヒーがないと気が済まないから、ついここでバタバタしちゃった… 」

 先週同様、稔さん夫妻が船底のベッド、恵基がデッキのハンモック、そして私はこのキャビンに置かれた寝心地の良いソファーベッドで夜を過ごした。

 ゆりかちゃんが、私のコーヒーを用意してくれていると恵基が顔半分にハンモックの網目の跡をつけたまま、外のデッキから私達がいるキャビンに入ってきた。

 「恵基あんた、顔にハンモック跡つけて、スパイダーマンみたいになってるよwww」

 いつも揶揄われっぱなしの私、ちょっと恵基をいじってミクロな逆襲に出る。

 「あー、スパイダーマンよりは俺のほうがイケメン度高いと思うけどな… 」

 簡単に躱されちゃった… コイツの自己陶酔レベル、ハンパないな。

 小さな逆襲を袖にされてしまった私はちょっとしらけた顔で、ゆりかちゃんから渡されたコーヒーを受け取り、ソファーに座った。

 ゆりかちゃんは、その様子をニコニコして見ている。

 つまらなそうな顔をした私の隣に強引に腰掛けてきた恵基が、コーヒーを啜ってる私の頬っぺたをいきなりツンと突いてきた。

 「何すんのよ! コーヒー飲めないじゃないのっ」

 「いやあ、朝っぱらから不満そうな顔して機嫌わるいなー と思ってさ。昨日の朝みたいにセクシーな俺が見たかったの? 」

 「なっ… !」

 昨日、このソファーベッドの縁に凭れて私の寝顔を覗き込んでいた失礼極まりない恵基のあの悩ましい姿が脳裏に浮かび、思わず私は抱えたコーヒーマグを落としそうになってしまった。コイツあの時、私がドキドキしてたこと気が付いてたんだ…!!
 
 バツの悪さで一気に顔が火照った私は言葉が出ない。

「あらっ、何それ? 興味ある! 」

 恵基のコーヒーも用意したゆりかちゃんが、嬉しそうに大きな目を輝かせソファーに並んで座っている私達を交互に見た。何か全然違うこと想像してるはずだ。

 「ちっ、違うよゆりかちゃん… ちょっと恵基、変な言い方するのやめてよ! 誤解されるじゃないの! 」

 アタフタ狼狽えながらゆりかちゃんが思い描いた場面を必死に否定する私を見て、恵基はさらに焚きつけるつもりだ。

 「由美さんの寝顔、超かわいかったんだよなー」

 「こら、何言ってんのよ! あんたが勝手に覗き込んでただけでしょ!? ほんと失礼しちゃうっ、最低! 」

 ゆりかちゃんがクスッと笑った。

 「由美さん、寝顔盗み見されたんだ」

 コーヒーを入れたマグカップを恵基に手渡した彼女は ―― なんだ、そうか って笑顔だ。とりあえず、わかってもらえたみたい。ゆりかちゃんが勘の鋭い女子でよかった…

 「それよりさ、稔はまだ起きてこねぇのかよ。置いていくか? 」

 今朝は近くのベーカリーのモーニングセットを食べに行こうということになっていた。先週、恵基と稔さんが朝食を調達してくれた人気店で、真由美さんが食べた例の睡眠薬入りのカナッペをマリーナにデリバリーした店だ。私達は相変わらず事件解決に導く『垂線』を探していた。

 「昨日、わりと遅くまで仕事のメール見てたから… もうちょっとしたら、起してくるね」

 そう言いながらゆりかちゃんが、前屈みで私に近づき手を伸ばした。空になった私のコーヒーマグに気が付いて、片づけてくれるつもりだ。彼女、若いのに本当気配りが行届いてる。

 「ありがとう」
 
 感心しながら目の前の彼女にマグを差し出した私は、ゆりかちゃんの細い首に昨日プレゼントしたあの可愛らしいペンダントが揺れているのに気が付いた。

 昨日からずっと着けたままみたい。自分達のプレゼントを大喜びしてもらえたことが嬉しかった私は、キラキラしたお花型のペンダントが光るチャーミングな首元にしばらく注目していた。

 「あれ… ? 」

 何かおかしい。昨日のペンダントとなんか雰囲気が違う…

 首をかしげて、もう一度ペンダントを眺める。

 「由美さん? 」
 
 そんな私の様子にゆりかちゃんが気付いて、不思議そうな顔をした。

 「ゆりかちゃんのペンダントが、なんか昨日見たのと違うような気がして… 」

 「えっ? 」

 キラキラ光るペンダントトップを指で摘まんでゆりかちゃんが確認する。
 
 「ああ… 多分昨日と色が違うからじゃないかな? 」

 そう言って私に微笑んだ。

 確かにそうだ。小さなダイヤで囲まれた真ん中の石の色が違う。昨日はルビーだと思ったから鮮やかな深紅の色をしていたはず。でも今見ると、石の色は柔らかくて落ち着いたオリーブブラウンだ。

 「この真ん中の石ね『カラーチェンジガーネット』っていうの。光によって色が変化するのよ。白熱灯なんかの下では深紅のルビーみたいになるんだけど、太陽光だったらこういう自然なグリーンブラウンみたいな色に見えるの。こういう石、カラーチェンジストーンって呼ばれて、有名なのは『アレキサンドライト』という宝石よ」

 「へぇー、そうなんだ。珍しい石だねぇ。さすがゆりかちゃん、モデルさんしてるだけに、素敵な小物よく知ってるね」

 うん、そうだ。真ん中の石の色が違ってたから違和感あったんだ。

 そう納得した瞬間、私の脳裏にあることが浮かんだ。

 私は慌てて、この会話に興味なさそうにコーヒーを飲んでいた隣の恵基に向かって言った。

 「ねえ恵基、モーニングする前にもう一度あの花時計を見に行こう! 」

 「え? なんだよ、いきなり… 」

 「花時計の謎、わかったような気がするの。あの花時計、やっぱり『表情』が違ってたのかもしれない」

第9話: https://note.com/mysteryreosan/n/n9ef7ec4098de


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