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「明日は明日の風が吹く」

林芙美子の『放浪記』(新潮文庫)の38頁に、

「明日は明日の風が吹くだろう」

というフレーズが出てくる。いまでは諺レベルで人口に膾炙しているこの言葉、出処はどこだろうと思ってググってみたところ、映画『風と共に去りぬ』のラストの「Tomorrow is another day」を「明日は明日の風が吹く」と高瀬鎮夫が字幕で訳したことで広まったらしい。

しかし、『風と共に去りぬ』の日本公開は1952年で、『放浪記』の単行本が出たのは1930年だから、後者の方が22年も早い。林芙美子は1951年に死んでいるので、そもそも彼女は『風と共に去りぬ』の日本語字幕版はタイムマシンでもないかぎり観ていないはずである。

さらにググってみると、どうも幕末から明治にかけて活動した河竹黙阿弥の『上総木綿小紋単地』という歌舞伎狂言に由来するらしい。それを昭和初期の不景気の世相の中で人々が多く口にするようになり、林芙美子も高瀬鎮夫も、その巷間の溜息のような流行からそれぞれ引用した、というのがこの言葉が俚諺化した来歴のようだ。

コロナ禍が吹き荒れた今年、その経済的ダメージがいよいよ顕在化しつつあるが、『放浪記』に描かれた大恐慌期に似た風景も繰り返されるだろう。そんな中、「明日は明日の風が吹く」という言葉もまた新たな響きを帯びて流行り言葉となるかもしれない。

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