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世界を補完するアーカイブの新たな可能性「失われたいくつかの物の目録」

本こそが、もっとも完璧なメディアである。

今回、読み終えた(いろいろと併読しているので、つぶやきと前後してしまいすいません。。)本書「失われたいくつかの目録」ユーディット・シャランスキー著(細井直子 訳)は、


海に沈んだツアナキ島、絶滅種カスピトラ、不死身の一角獣、年老いたグレタ・ガルボ、サッフォーの恋愛歌、マニ教の7つの聖典、キナウの月面図…。自然、歴史、文学の魅力を詰めこんだ、「喪失」をめぐる12の物語。

と続けて本の帯に紹介されています。本の帯に銘打つ言葉通り、本書は優れた、いや完読した折には、まさしく「完璧な」メディアであり、その意味と「アーカイブ」の新たな可能性が展開される初めての体験に感嘆せずにはいられませんでした。

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ドイツの最も権威ある文学賞のひとつ、ヴィルヘルム・ラーベ賞の受賞理由として、「この作品に当てはまるジャンルの名称はない、むしろまったく新しいジャンルを切り開いたと言ってよい」と言わしめる、膨大な歴史や知識、いくつもの文体を横断し、解体や破壊という現象の諸相を柱としながらも、そこにずっと流れ続ける「喪失」のくっきりとした輪郭と存在。

「喪失」と「アーカイブ」

それこそが著者の思想でもあるのですが、緒言にて、数々の歴史と文化、あるいは自然から「弔い」を切り取りながら自らの死生観(主に死のほう)から、記憶、記録、残されるもの、情報、そしてアーカイブへの懐疑的な視点が論じられていきます。

もしすべてのアーカイブ施設が、その範となったノアの箱舟のように、すべてを保存したいという願望によって支えられているとしたら、中略)あらかじめ失敗する運命にある。

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基本的にすべての物はすでにゴミであり、すべての建物はすでに廃墟であり、すべての創造は破壊に他ならない。
人類の遺産を保管していると標榜する各専門分野や公共機関のする仕事もまた同様である。考古学ですら、たとえどんなに細心の注意を払って過去の時代の堆積物を取り扱っていようとも、それは、荒廃の一つの形にすぎない。

一見(一読? )すると、虚無主義かとも思われるのですが、対峙するように、人類史や進化によるアーカイブへの不変的な「希求」が論じられていきます。

死すべき運命を悟ることは屈辱的であり、無常に抗いがたい、未知の後世に痕跡を残したいという願望は理解できる。
そう、御影石の墓石に刻まれた碑文がその志を倦まず語っているように、記憶の中に「忘れさられることなく」留まりたいと。

そして、生物的な遺伝、そして「第二の」遺伝情報として「文字」を
対置させます。

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もし人類それ自体を時おり提案されるように、世界を保存し、宇宙の意識を保存する神の器官として理解しようとするなら、これまでに書かれ印刷された無数の書物は
中略)
この無益な努めを履行し、すべての物の無限性を
その身体の有限性の中に止揚しようとする試みとして現れる。

すべての創造と免れ得ない絶対的な滅び、そしてまた人々の中にある、これもまた絶対的な「保管」への途切れることのない本能。続けて著者は語ります。

あるいは私の想像力の乏しさによるのかもしれないが、私には依然として本こそあらゆるメディアの中でもっとも完璧なメディアのように思われる。

「すべての物の無限性をその身体の有限性の中に止揚しようとする試み」の
身体が本に置き換えられ、本書の成り立ちが説明される場面に、まだ緒言なのに、感動というか、美しすぎる論に一瞬宇宙の理を感じさせさえします。

そして、情報が溢れ、あらゆるものがデータ化された
今の時代に改めて、「保管」することの意味を
考えずにはいられませんでした。

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アーカイブの真の意味


それはいかに情報が膨大に蓄積されようとも無限の時の
避けられない荒廃の前には意味を成しません。

いまパソコンに向かい、膨大な情報へアクセスし、あるいは、あらゆるほとんどのものが音声や画像へ瞬時に情報化できる私たちにとって、

ただただ記録し保管することがアーカイブの意味ではないことに気付かされます。(特にスマホの写真をバックアップするとき、とみに感じます)

言い換えれば、アーカイブとは「すべての物の無限性をその身体の有限性の中に止揚しようとする試み」であり、生きることそのものであるかもしれませんね。

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本文では、失われたさまざまなものたちに合わせ、文体もエッセイ、ショート・ストーリー、ネイチャーライティング、モンタージュなど、

バリエーション、書き分けが素晴らしく、それぞれの失われたものたちを正確に「体験」させるために、選択されています。

その物語たちの描写、言葉の一つ一つが美しく「喪失」という糸に一つ一つ真珠を通すように、12のものがたりが連なっていくアーカイブを是非「体験」してみてくださいね。 

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