見出し画像

リスペクトは落とし穴

どんなに苦手でも尊敬できるところをもつ---。
これが私のモットーの一つ。
例えば、いくら価値観が合わない相手でも、この人は誰かの親なんだと思うと少しムッとすることが少なくなる。
言い方がきつい相手でも仕事に一生懸命なんだと思うとスムーズに内省できたりする。

どんなに折り合いが合わなくても、たった一つの尊敬を持つことで、腹が立つこともガクッと減ったし、昔と比べて人と関わるのが楽しくなった。

人にイライラすることに時間を割くことが減ったし、自分に余裕も生まれたし、仕事上でもプライベートでも気兼ねなく関われるようになったなと思う。
私はなんていいモットーを持ったんだ!とんでもない劇薬発明!ノーベル平和賞受賞か?!いやむしろ心理学学会(そんなものあるの?)から賞賛を浴びるのでは?!
何はともあれ、人を嫌いになることを回避できるのだ。天才やないか!!!
と、最近ずっと自分を褒めまくり、自ずと自己肯定感は上がりハッピーな毎日だったのである。

まあそんな感じで、日々楽しく過ごしていたわけなんだけどたまには人と衝突することもあるもので。
誰でも尊敬できるようになったからこそ板挟みになって葛藤葛藤葛藤葛藤………。
プレスにプレスを重ね、プレスされまくり、あれれ?ラップより薄くなってない?なんならのびきってない?!あれ?!どーゆーこと?!という薄さになってしまっている。

板挟みになると、両者のことを尊敬してるからやはり文句を言うのを躊躇ってしまう。


"確かにお互いの言い分はわかるけど、尊敬してるし私はどちらにもつけない……"
"どちらかにつくことが正しいとは思わないけど、どっちつかずの宙ぶらりんでいるのはしんどい……"
"でもここで誰かにこれを話した瞬間罪悪感に駆られるのはわかってる……"
"なぜなら両者とも尊敬しているから……"

くそ、尊敬することで人のことを嫌いにならなくなったはずなのに、なぜか自分のことが嫌いになっている。
……どないなっとんねん!!!
昨日まで上手く行ってたことでも、次の日崩れちゃうことっていくらでもあって、変わりゆく移り行くものは予測不可能。
人間関係ほどめんどくさいもんはねえぜ。

なんだよこの思考。全くもって薄っぺらで、ただの毒薬やないか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?